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大統領命令と日本

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 アメリカの大統領はミスタ・プレジデントであると同時に、コマンダー・イン・チーフでもある。コマンダー・イン・チーフとは、陸軍、海軍、空軍、海兵隊など、全軍の最高指揮官という意味だ。だからホワイト・ハウスつまり時の政権は、もうひとつの軍隊なのだ。アメリカのほとんどあらゆる部分が、じつはきわめて軍隊的に機能する。軍隊とはおよそなんの関係もない、民間そのものの、しかも戦争のような軍事行動からは思いきり遠い文化的な活動を機能させるときでも、意志決定がどこでどのようになされ、それがどこへどんなふうに伝達され、誰によってどう行動に移されるのかといった中枢的な機能の働きかたは、まさに軍隊のそれである場合がたいへんに多い。

 日本はこのアメリカと軍事同盟を結んでいる。コマンダー・イン・チーフが頂点に立つ時の政権というもうひとつの軍隊は、軍事同盟なら軍の命令系統を日本まで延長してもいいのではないかとあるとき思うにいたったようだ。いいと言うよりもそれは当然のことだ、という考えに立つコマンダー・イン・チーフは、かねてより日本に言っていたことを、二〇〇三年五月の首脳会談で、頼むよ、と念を押した。新聞はこれを要請と書いたりするが、これは全軍の最高指揮官からの命令なのだ。

 このような文脈での日本の首相は、サージャント・コイズミと呼ばれている。サージャントの返答としてはイエッサーしかあり得ないし、日本の安全にはアメリカの力がぜひとも必要なのだから、そのアメリカに請われればなんでもする、それ以外にどんな選択肢があるのかという「大局的」な見地に立ってもいるから、チーフからの命令は滑らかに伝わり、速やかに実行に移されていく。

 イラクの復興のために日本から自衛隊を派兵するというアイディアを実現させるための、イラク復興特別支援措置法案はすでに国会に提出された。成立することはまず間違いないだろう。法律さえ作っておけば、その枠内でたいていのことは実現させることが可能だ。自民党の実力者たちはこの法案に反対した。相当に強い言葉を使って反対した、と僕は記憶しているが、有事関連法制三法案のときとまったくおなじく、法案からほんの一部分を削除しただけで、自民党の総務会は了承し閣議決定された。

 反対のために彼らが使った言葉はどこへいったのか、その言葉の責任をどのように取るのか、といった問題があとに残ることは確かだが、そこに意味はほとんどない。総選挙を睨んで揺さぶりをかける、といったことに利用されただけなのだから。了承されることは最初からきまっていた。コマンダー・イン・チーフの命令に対する反論の言葉には、この程度の有効範囲しかない。

 命令を受けて行動に移すための法律が出来ると、さらなる命令はよりいっそう下しやすくなる。命令は下すのも下されるのも、それだけの必要があるのだから当然のこと、という方向へ思考は向かっていく。それだけの必要があるとは、それだけの問題がアメリカによって引き起こされている、ということにほかならない。9・11はその最大の証明だし、そのあとに続いたアフガンやイラクでの軍事攻撃などを思うと、日本の安全のためを思えばこその大統領命令の遂行が、日本の安全をもっとも大きく脅かす方向へと作用する、という問題すら立ち上がる。なにがどうなるかはなってみないとわからないけれど、最大の安全保障はコマンダー・イン・チーフからの命令の忠実な遂行にある、というのが日本の現状だ。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年

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2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 アメリカ 大統領 戦後 政治 日本
2016年7月23日 05:30
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