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あの夜はホワイト・クリスマス

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 あの年のクリスマス・イヴには、彼はオートバイで山のなかを走っていた。夜のまだ早い時間に峠道に入り、対向車も後続車もまったくない、彼だけのワインディング・ロードを気分よく走っていた。猛烈に寒いのだが、ときたまオートバイをとめてはエンジンを抱くようにして暖をとりつつ、走った。

 峠道からは、眼下にある小さな盆地の明かりを見おろすことができた。赤や黄色の光が、ささやかな宝石箱のなかみのように、クリスマス・イヴの夜の底に、輝いていた。

 やがて、雪が降りはじめた。ヘルメットのシールドに雪の結晶が当たり、溶けずにそのままそこにはりついている。皮手袋の甲の部分でシールドをぬぐいながら、彼は走った。口をあけると、冷たい雪が、喉の奥のほうに飛びこんできた。熱いシリンダー・フィンに雪が当たっては、チュンチュンチュンと溶けて蒸発する音が聞こえつづけた。

 ヘッドランプの明かりのなかを、雪は、ときには黒くときには白く、斜めに飛んでいた。雪は、次第にはげしくなっていった。眼下に見えつづけていた明かりが、雪にさえぎられ、次第に見えなくなった。

 雪のつもりはじめた峠道がヘッドランプに白く照らしだされた。彼の周囲を雪が音もなく飛びかい、エンジン音と排気音だけが聞こえた。それから、タイアが雪を踏みつける音も、カーブ進入の減速時には、よく聞こえた。

 頬がちぎれそうに冷たく、両足や両手が、先のほうから寒さにしびれてきた。クラッチ操作がほんとうにおっくうになりはじめたころ、彼は、ヒュッテに着いた。

 あたたかいヒュッテのなかでは、クリスマスパーティがおこなわれていた。熱いシャワーを浴びて服を着かえた彼は、炎があかあかと燃える暖炉のまえで、火にかざして焼いたマシュマ口にチョコレート・ソースをつけ、ひとつだけ食べた。熱い紅茶の香りが彼を内側からあたためてくれ、暖炉の火が頬を照らした。

 あくる日は、素晴らしい快晴。そして、いちめんの銀世界。ヒュッテの前庭に、みんなで雪ダルマをつくった。峠道から雪がなくなるまで、彼はそのヒュッテで日をすごした。暖炉の前で本を読んだり、女のこといっしょに雪のなかを歩いてみたりして。

『アップル・サイダーと彼女』角川文庫 1979年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 1996年


1979年 『アップル・サイダーと彼女』 オートバイ 季節 片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』 紅茶
2015年12月24日 05:30
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