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風に吹かれて謎になる

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 僕はジョルジョ・デ・キリコの絵がたいへんに好きだ。彼の人物画や静物画にはほとんどなにも感じないけれど、謎に満ちた抽象的な数多くの絵は、いくら見ても飽きることがない。

 謎と言えば、彼の絵のなかで僕にとって最大の謎は、塔や建物の頂上でいつも強い風に吹かれてはためいている、細長い三角形の旗たちだ。あの旗ほどに魅力に満ちた謎を、僕はほかに知らない。あの旗は、いったいなになのか。あの旗は、なにを語っているのか。謎は解けない。解けなくてもいっこうに構わない。簡単に解けてもらっては困る。

 デ・キリコの絵のなかにしばしば登場する、塔や建物の頂上ではためく旗は、絵という二次元のなかに凍結された謎だ。この謎とイークオルで結ばれて等価となるような、この世の三次元に存在する謎はないだろうかと思って、僕は自分の心のなかを捜してみた。

 ひとつだけ見つかった。それは女性だ。姿のいい、美しい女性がひとり、どこか現実の光景のなかにすっきりと立ったり歩いたりしているとき、その彼女にむけて風が吹く。髪があおられスカートの裾がはためき、風で服が体に密着し、太腿の縁がふとあらわになったりするとき、その女性はデ・キリコの絵のなかの旗という謎と等価になるかもしれない。

 デ・キリコの絵のなかでいまも風に吹かれてはためく三角形の旗と、ひとりで風を受けとめてすっきりと存在している美しい女性とは、僕の頭のなかではひとつのイークオルで結ばれた、一対の貴重な謎だ。ひとりでただ風に吹かれるだけで、デ・キリコの絵のなかにある謎と対等に張り合うことの出来る女性というものを、これから僕は見つけたいと思っている。

 現実には見つからなくてもいい。デ・キリコの絵に出てくる旗とおなじ程度の完成度にまで、彼女のイメージが僕の頭のなかで到達すれば、それでいい。

 彼女のイメージが完成した瞬間、デ・キリコの絵のなかに登場する旗の謎が、解けるのではないだろうか。絵のなかの旗は、百点満点で採点して、九十五点ほどの完成度だ。すくなくとも僕にとってはそうだ。だからこれから見つけるか、あるいはイメージとして完成させるひとりの女性も、九十五点でなくてはいけない。

 ひとりで風に吹かれて九十五点の謎になり得るような女性のイメージが完成したなら、その瞬間、僕にとっての彼女の本質が理解出来る。そしてその理解は、イークオルを走り抜けてデ・キリコの絵のなかへもぐりこみ、あの旗の謎をも解いてしまうのではないだろうか。

『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』太田出版 1995年

今日のリンク:ジョルジョ・デ・キリコ『通りの神秘と憂鬱』が拡大表示でご覧になれます。 (Mystery and Melancholy of a Street by Giorgio de Chirico)by-galleryIntell


1991年 1995年 『なぜ写真集が好きか』 『アール・グレイから始まる日』 エッセイ・コレクション ジョルジョ・デ・キリコ 女性 片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』 絵画
2016年6月8日 05:30
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