風に吹かれて謎になる
僕はジョルジョ・デ・キリコの絵がたいへんに好きだ。彼の人物画や静物画にはほとんどなにも感じないけれど、謎に満ちた抽象的な数多くの絵は、いくら見ても飽きることがない。
謎と言えば、彼の絵のなかで僕にとって最大の謎は、塔や建物の頂上でいつも強い風に吹かれてはためいている、細長い三角形の旗たちだ。あの旗ほどに魅力に満ちた謎を、僕はほかに知らない。あの旗は、いったいなになのか。あの旗は、なにを語っているのか。謎は解けない。解けなくてもいっこうに構わない。簡単に解けてもらっては困る。
デ・キリコの絵のなかにしば…
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』太田出版 1995年
『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年所収
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