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チャーリーが作ってルーシーが食べる

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 アメリカ各地の新聞に連載されていたチャールズ・シュルツの『ピーナッツ』は、一九五三年のある日、横にならんだ四コマのなかに、チャーリーとルーシーのふたりがいた。コマのなかにあらわれたルーシーは、ブレッド・アンド・バター・サンドイッチを作ってちょうだい、とチャーリーに言った。

 ブレッド・アンド・バター・サンドイッチは、冗談としてかなり面白い。状況とタイミングを誤らなければ、秀逸なギャグにもなり得るはずだ。ブレッド・アンド・バター・サンドイッチねえ、と僕はいまひとりで感心している。これはなかなか思いつかない。ありそうでない。さすがはシュルツだ、と僕は降参する。

 いつものとおり「グッド・グリフ」と言いながら、チャーリーはルーシーに命じられたままに、ブレッド・アンド・バター・サンドイッチを作る。ブレッドとバターは確実に存在するのだから、作っていく過程はとにかくブレッドにバターを塗ることとなる。コマのなかにはブレッドとバターがごく簡単に描かれ、チャーリーはそのバターをブレッドに塗りつけている。

 バターを塗ったブレッドを、ではいったいどのように、サンドイッチにすればいいのか。半分に切って重ね合わせよう、とチャーリーは思ったのだろう、バターを塗ったブレッドを、彼はナイフで半分に切ろうとする。それを見たルーシーは、「切っちゃ駄目、切ってはいけないの!」と、大騒ぎする。

 切らないままのブレッド・アンド・バターを、チャーリーはルーシーに手渡す。受け取ったルーシーはそれを半分に折りたたむ。「切るとせっかくのフレイヴァーが台無しになるのよ」と、ルーシーは得意そうに言う。フレイヴァーというこの言葉は、一般的にはまだ片仮名書きの日本語にはなっていない。単に香りだけではなく、もっとぜんたいを包括するニュアンスがあるから、ここでは「良さ」とでもしておこうか。

 切るとせっかくの良さがなくなってしまう、とルーシーは言う。僕も子供の頃からサンドイッチは切らない。一枚のパンの半分に具を盛り上げるように置き、そこに向けて残りの半分をかぶせるように折りたたむ。こうすると、ルーシーの言うとおり、せっかくの良さを、そのまますべて食べることが出来る。

底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 2005年


『ピーナッツ』 『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』 サンドイッチ チャーリー・ブラウン
2019年12月17日 10:59
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