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ストーリーは銀行に預金してある

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 ドーナツの店のカウンターで、僕はドーナツを食べながらコーヒーを飲んでいた。隣りにすわった男性が話しかけてきた。いつもの顔なじみに、ひょいと世間話をむけるのとおなじ調子で、
「やっこさんは、いい大統領だよ。俺は気にいってるね。おまえはどうだい」と、彼は初対面の僕に言った。

「父親がおなじ年齢なんだよ。喋りかたがよく似てて、親しみを感じるよ」
 と僕は答えた。とりあえずの、あたりさわりのない返答だ。

 その男性は重ねて次のように言った。

「まえの大統領のときは、俺は長いあいだ失業させられてたんだ。でも、こんどのに代わってすぐに、俺は職を手に入れたよ。安定して続きそうな職でね、給料も悪くないときてる。中古だけど車をとりかえて、家を借りなおして、週末にはポケットに小遣いだってあるんだ。まったく悪くないよ」

 めざしていたゴールに堂々と到達した人のような得意さで、彼はドーナツを口に入れて嚙み、コーヒーで腹に流しこんだ。

「では、選挙のときには、いまの大統領に投票したのかい」
 ときいた僕に彼は次のように答えた。

「そうさ。仕事のない人に仕事を作ってくれると、やっこさんは言ってたからね。約束を守ってくれたよ。いい大統領だ」

 彼のはいているブルージーンズのヒップ・ポケットは財布でふくらんでいた。その財布のなかに大統領がしまってあるような気がして、僕は半分だけ愉快だった。

 あのとてつもなく広いアメリカの、ある小さな一点に存在するその男性の、週末の小遣いは大統領に直結している。すくなくとも、彼の世界観のなかでは、そうなのだ。アメリカ的な生活の実感の、じつにささやかな一例だ。日本に置きかえて考えると、実感のありかたのちがいがよくわかる。たとえば、アルバイトの時給が百円あがったのは、こんどの自民党の首相のおかげだと本気で得意に思う人が、日本にいるだろうか。

 ボストンで友人の家に滞在させてもらっていたとき、その友人の知人の女性が訪ねて来た。彼女に紹介された僕は、コーヒーを飲みながらしばらく世間話をした。

 あなたはなにをしている人なのかと、例によってきくから、僕はストーリーを雑誌や本に書く人であり、いまはストーリーのタネを捜してあちこち旅をしているところだと、答えた。

 いいストーリーはみつかりましたか、とさらにきかれた僕は、短いエッセイになら充分に使えそうだと思っていたアメリカでのエピソードをひとつ、彼女に語った。

 熱心に聞いていた彼女は、それがストーリーになるのですかと、さらにきいた。

「なりますよ。雑誌のためのちょっとした記事になら、充分に使えます。アメリカでないと、こんな話は拾えません」
 と、僕は答えた。

 大いに感心した彼女は、僕の材料さがしの方法について、いろんな質問をした。僕は丁寧に答えていき、短い期間ながらすでにたくさんの材料を集めたことを、彼女に語った。

「それがみんな、記事の材料になるのね」
 と彼女はきいた。

「そうです」
 僕は答えた。

 その次の彼女の台詞が、アメリカ的で面白かった。

「貯金の額がさらに増えたのとおなじね」
 と彼女は言った。まるで我がことのようにうれしそうに、そしてたいへんに感心したような表情で。

 こういうことも、日本ではあまりない。ほとんどない、と言っていいのではないだろうか。「儲かってしょうがないでしょう」とか「税金が大変ですね」というような挨拶を初対面の人から受けたことは何度かあるけれど、それは所得番付に僕の名前がたまたま出たときの、きまり文句的な挨拶の言葉だと僕は理解している。旅をして集めた材料の多さを、銀行に預けてある金額の上昇と結びつけて世間話にした女性を、僕はまだ日本では体験していない。

 ニューヨークからワシントンへのシャトル便に乗ったとき、窓側の席にすわった中年の男性が、まんなかの席の見知らぬ女性、そして通路側の席の僕に、いきなり喋りはじめた。

「おカネだよ、おカネ。すべてはおカネなのさ。この世のなかのありとあらゆる問題は、おカネに還元出来るんだ。ニューヨークだって、その昔、子供の小遣いにもならないカネでインディアンから買い取ったことから、はじまってるのだから。昔のことさ、と笑ってはいけない。時間の経過はカネの蓄積なのだという教訓を、ここから学ぶべきなんだ」

 離陸するまで彼はそのようなことを喋りつづけ、離陸するとすぐにアタシェ・ケースを開いて書類を取り出し、仕事をはじめた。

 まんなかの席の見知らぬ女性は、
「ずいぶんたくさんの書類なのね。どれもみなおカネに関係したことなの?」
 と、揶揄の気持ちをこめて、彼に言った。

「多額のカネだよ、多額のカネが関係してる」
 と、彼は答えた。

 そして、とどめの台詞として、次のようにつけ加えた。

「おカネに関する重要な問題点のひとつは、カネというものは多額ではないと話にならないということだよ」

 聞き流したその女性は、僕に顔をむけ、気の毒でしかも馬鹿な人、と言いたげな表情で僕を見て、苦笑しつつあきれたように首を振ってみせた。

 日常的によく見ることの出来る定石的な表情だが、カネだよカネだよと言って仕事をしているその男性の横顔との対比のなかで、彼女の表情と態度は、対象からすっきりと距離をとった、気分のいいものだった。

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年


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2015年12月6日 05:30
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