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浅野温子そして薬師丸ひろ子

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 二年前の二○一四年が僕にとっての小説四十周年だった。『野性時代』の創刊号に最初の短編小説を書いてから四十年だ。そして小説以前が十二、三年ある。角川映画が四十周年だという。作家活動と重なってるのですね、としばしば言われる。そうです、と僕は答えている。すべてが遠い思い出になってしまえばそれでいいのかな、とも思うけれど、そうもいかないから、そこがなぜか面白い。

 小田急線の玉川学園前という駅から、当時は歩いて七分くらいのところに僕は住んでいた。いまは三分のところにいる。薬師丸ひろ子さんがおそらく二十一、二歳の頃、玉川大学に学生として通っていた。ある日の午後早い時間、僕がその駅の北口の階段を急ぎ足で上がっていき、残すはあと二、三段のところで、「カタオカさーん」と、若い女性のきれいな声で、階段の下から呼びかけられた。振り向いた僕は、階段の下に薬師丸ひろ子さんの姿を見た。友人たち数人とともに、僕を見上げて彼女は笑顔でいた。

 この体験から四捨五入すると四十年は経過していると思うけれど、遠い思い出にはなっていない。つい二、三日前の輝かしい出来事のように、いつでも、常に新鮮によみがえる。この階段は当時から変わることなく、いまもある。いつも上り降りしている。昨日は二度も使った。

 つい二、三日前の輝かしい出来事のように、いつでも、常に新鮮によみがえる、とたったいまぼくは書いたけれど、もっと正確に書くなら、「カタオカさーん」と呼んだ薬師丸さんの声は、いまでもあそこにある、けっして消えてはいない。あそこにあるだけではなく、僕に、いまこの瞬間も、聞こえている。僕のなかに彼女の声はある。消えることはないだろう、と僕は思う。

 ついでに書いておくと、薬師丸ひろ子さんと僕は顔が似ている、と周辺の人たちから何度も言われた。いまでもたまに、似てますよね、と言う人がいる。確か週刊誌だったと思うけれど、顔面相似形というタイトルのもとに似た人が特集されたとき、僕の顔写真は薬師丸さんのそれと、ならんで掲載された。似ていた、といっぽうの当人が言っておく。

 浅野温子さんと最初に会ったのは、『スローなブギにしてくれ』(一九八一)という映画の製作発表の会場でだった。東京會舘の二階のロビーではなかったか。ソファにひとりすわり、いつものように沈痛な面持ちでいた僕に歩み寄った、十九歳の素晴らしい女性が、浅野温子さんだった。

 この映画が完成したあと、サイン会や試写会それに主題歌を歌った南佳孝さんのコンサートなどをパッケージにして、ややおおげさに言うと、全国をまわった。監督の藤田敏八さんや角川春樹さんたちとともに、浅野温子さんもいっしょだった。

 札幌。仙台。名古屋。博多。ひょっとして広島と京都があったかもしれない。どれもみな、心地良く遠い思い出となり、所定の位置におさまっているが、ひとつだけつい昨日のように至近距離にいまもあるのは、浅野温子さんが二十歳となった日の、横浜の喫茶店での出来事だ。

 全国をまわって最終回が横浜だった。会場に入る時間まで、浅野さんを中心とした関係者数人が、近くの喫茶店で時間を過ごしていた。明らかに退屈な時間のなかで、退屈まぎれに、今日は私の二十歳の誕生日だ、と浅野さんが言ったとたん、大騒ぎとなった。

 誕生日のパーティを企画しよう、せっかくだから今日がいい、会場はどこがいいか、と誰かが言ったから、ニューグランドしかないだろう、と僕が言い、参加者の名を紙に書き出し、人数をきめた頃、心のこもったケーキがひとつあればそれでいい、と浅野さんが言い、全員があっさりとその意見にしたがい、スタッフのひとりがケーキを買いに走った。

 買いに出た人はすぐに戻って来た。つまりいちばん近いところにあった店でケーキを買ったのだ。浅野さんのためのケーキには細い蠟燭が二本立っていた。一本が十年だから、二本でめでたく二十年だ。この二本の蠟燭に僕が火をつけた。使わないけれども、ポケットのなかにいつも持ち歩いている、という物が当時の僕にはあり、その頃は普通よりも小さいサイズの、革巻きのジポーのライターだった。

 二本の細い蠟燭の炎を見ていた浅野さん、そしてその火を静かに吹き消して笑顔になった浅野さんが、いまも僕の目の前にいる、遠い思い出にはなっていない。

『キネマ旬報』2016年3月上旬号


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2020年3月26日 07:00
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