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君はいま島へ帰る

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 日本というユニークな島に住んでいるぼくたちは、自分たちの国がじつは小さな島々だという事実を、意外に忘れているのではないだろうか。

 日本人の島国根性とか、島国で国土がせまいとか、日本の人たちはよく自ら口にするけれど、自分たちの国を、「島」という地理的なとらえかたではっきりと認識している人は、意外にすくないような気がする。

 ぼくも、じつは、そのひとりだった。

 日本もまた小さな島であることをぼくに教えてくれたのは、アメリカの人だったのだ。アメリカにしばらく遊びにいっていて、さてそろそろ日本へ帰るというときになって、その人は、
「ゴーイング・バック・トゥ・ユア・アイランド?」
 と、ぼくにきいたのだ。

 直訳すると、
「あなたの島にかえるのですか」
 ということになる。

 意味だけならべつにどうということもないのだが、「アイランド」という言葉は、決定的だった。

 アイランドは、まさに、アイランドなのだ。「島」という日本語によって、日本は島だ、という認識をなんとなく持っているよりも、英語で「ユア・アイランド」と言われたほうが、認識としてはずっと重くこたえる、ということは充分にありうる。

 アイランドは、まったなしに、アイランドだ。島、ということを普通の場合よりもはるかにきわ立たせて理解したり認識していたい人たちは、島という日本語のかわりに、アイランドというカタカナを、意識して使うことがあるという。「ユア・アイランド」とアメリカの人にぼくが言われてこたえたのは、このこととすこし似ている。

 「あなたの島にかえるのですか」と、アメリカの人に英語で言われてはじめて、日本人であるぼくは、自分の国がじつは小さな島であることを、はっきりと認識しなおした。おかしな話だが、ほんとうなのだからしかたない。

 アメリカの人にこう言われてびっくりしたぼくは、あらためて世界地図を見なおした。アメリカでつくった世界地図は、アメリカがいちばんまんなかにきている。当然のことだろう。日本は、その世界地図のはじっこに、かろうじてひっかかっているような風情で、まさに「ユア・アイランド」であり「マイ・アイランド」なのだった。

 子供のときからよく聴いているFENのたとえば天気予報で、日本のことをアナウンサーが「アイランズ・オヴ・ジャパン」とか「ジャパニーズ・アーキペリゴー」と言っていたのを、ぼくは思い出した。

 そう。まさに、ほんとに、アイランズ・オヴ・ジャパンだ。

 しかし、はじめに書いたように、自分の国が基本的には小さな4つの島だということを、多くの人たちは、あまり身にしみては認識していないようだ。

 日本列島、という言い方が、ひところはやった。いまでも、つづいている。

 これなど、英語で言う「ジャパニーズ・アーキペリゴー」に近いわけだが、日本列島、というふうに日本語になると、なんだかものものしくて、小さな島が4つ、という実感からはかえって遠くなってしまうようだ。

 日本のGNPが世界第2位みたいなことになってしまったとき、日本というものをすくなくとも観念のうえでは大きくてものものしいものとして意識したくなったとき、日本列島という言い方が、新しいイメージをおびて登場してきたのではないだろうか。

 こんなふうだから、ぼくたちはたとえば日本のGNPが世界第2位になってもべつにおどろかず、すんなりと世界の大国といった意識を持ってしまうのだろうけれど、世界のほかの部分から日本を見たら、やはり不思議であるにちがいない。あの小さな島の国がなぜ世界第2位なのか、なかなか理解できないというか、異常事態に近いようなイメージが、外から日本を見た場合はあるのではないだろうか。

 さて、この小さな島々である日本だが、この島はじつにユニークだ。

 どんなふうにユニークであるか、島好きのぼくが感じたままを書いていくと、たとえば、日本はほんとうに緑の島なのだ。

 ハワイを上空から見ると、褐色の島に見える。もちろん緑でもあるのだが、印象としてはなぜだか褐色だ。

 太平洋の楽園とか常夏のパラダイスだとか言われているハワイは、イメージのうえでは日本よりもはるかに緑したたる島になっているのだが、実際には、緑なんかあまりない、なんとなく荒っぽい感じの褐色の島だ。

 もちろんハワイには素晴らしい緑があり、雨が降ったりするともの悲しくてなんとも言えないけれど、緑でおおいつくされた島としては、日本のほうがはるかにまさっている。

 日本の都会には、たしかに、緑がきわめてすくない。あるいは、すくない、という印象を、誰もが強く受ける。

 これは、都会のなかで緑というものをうまく管理していくのがへただからだ。

 ぜんたい的に見わたせば、日本は、緑の島なのだ。

 雨の島、と言ってもいい。

 日本は、じつに雨に恵まれている。だから、どこへいっても、水がある。雨が降らなければ水不足になったりするが、そうでなければ、いつも、どこにでも水がある。

 そのおかげで、島は緑なのだ。

 日本は熱帯ではないから、緑したたる、というような、勢いのいい緑がいつもあるわけではない。じつにおだやかな感じの緑が、心やさしげに、そっとある。地理的な条件あるいは気象上の特徴がきわめてマイルドであるのが日本だ。このマイルドさは、世界にも類がないのではないのか。

 冬という季節が日本にもあり、その冬は場所によっては充分にきびしいが、ぜんたいとして見るなら、地形的にも気象的にも非常におだやかなのが日本だ。

 自然、というものがあるのかないのか気がつかないくらいにおだやかで、しかもその自然は、めぐりくる四季というもののなかにしっくりと組みこまれている。ごく当然のことのように春があり秋があり、いつも水に恵まれていて、島ぜんたいが緑だ。

 自分の国がアイランドなのだ、ということを忘れていられるほどに、じつはぼくたちは自然に恵まれている。

 自然というものに対して、ときとして鈍感になったり無関心になったりするのは、このせいではないだろうか。

 日本の自然はおだやかだから、かなりこっぴどくいためつけても、人間に対するしっぺがえしは、急には感じられないようなところがたしかにある。

 自分たちの島が緑の島だということを忘れてしまったのがいつごろのことなのか、にわかにはきめがたいが、忘れたことをきっかけにして、島じたいにとっては不幸なことがスタートしてしまったようだ。

 この緑の島は、農耕にこそ、ふさわしい。

 しかし、いまの日本では、食糧の九十何パーセントかを、外国からの輸入に頼っている。 

 工業国になることによって国土は荒廃したという。たしかに、そうにちがいない。たいへんなことがおこりつつある。しかし、上空からこの島を見ると、全島が緑でおおわれていて、なんとも言えずおだやかなたたずまいを見せている。不思議な、複雑な気持にならざるをえない。

 島の好きな人たちはたくさんいて、ぼくはそのなかのひとりにしかすぎない。ほかの人たちも、日本という島に関して、こんなことを思ったりするときがあるのだろうか。「バック・トゥ・アワ・アイランズ」というのが、いまのぼくの、強い気持だ。

底本:『コーヒーもう一杯』角川文庫 1980年


1980年 『コーヒーもう一杯』 ハワイ 日本 気候 環境 自然
2016年1月3日 05:30
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