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「弱い円が日本の政策である」

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ー2003年11月10日*ー

 円とドルの関係をめぐる記事を新聞から切り抜いておくと、ひと月もするとそれはたいへんな量になる。こんなに情報があると収拾がつかなくなるのではないかと思うほどの量だ。円高とドル安の推移が、日々刻々と言っていい詳しさで報道してある。推移の周辺や背景に関しては、似たような解説が何度も繰り返されている、というのが僕の感想だ。これだけ報道されているからには、円高への動きは日本にとって重要な問題なのだということは僕にすら伝わってくる。まずどこよりも先に円高は輸出関連大企業にとっての、最重要関心事のひとつなのだが、為替相場を円安へと誘導するための円売り・ドル買いの市場介入を日本政府はおこなっているから、新聞はこの政府の動きに敏感に反応し、その結果として為替相場に関する記事が多くなっていく。

 外国為替市場の相場は、いまは円高・ドル安の方向へと動いている。円が高くなる理由はたくさんある。たくさんある理由がいろんなふうにからみ合って、円を高くしていく。輸出関連企業の業績が大幅に向上すると、それだけでも海外の投資家からの資金が流入して、円は買われていく。この円で日本株を買い、その株価が上昇すると、円高と株高の両方で、投資家たちは利益を得る。

 ヘッジ・ファンドがいっせいにおこなう円買いというものもある。彼ら独特の読みで円を買い、円高の動きのなかでさらに円を高くさせようとする。輸出関連大企業は可能なかぎり有利なレートで円を大量に買っておく。そして貿易で得たドルをそのレートで円に替える。どの企業も円高にならないうちに買っておこうとするから、大量の円買い注文が発生する。そうするとそれを受けて円はさらに上昇していく。このような背景のなかで買っておいた円を、円安に振れたときにヘッジ・ファンドは今度もいっせいに売る。

 日本の銀行や生命保険会社はアメリカに金融資産を大量に持っている。為替相場の変動で発生する損失を低く抑える目的で、彼らは先物のドルを買っている。いまは明らかに円高の動きだ、と彼らも読んでいる。保有しているドルを投資にまわす決断よりも、先物のドルを売って資産を守るという、経営能力が弱っている人の選択をする彼らによって、ドルは売られていく。ドルはいま全面安という状態で、ユーロに対しても安い。

 円高になると日本の輸出企業は困る。円建ての決算は増えているけれど、いまでも多いのはUSダラー(米ドル)その他の外貨での取り引きだ。その取り引きが終わって円に替えるとき、同一の額のドルで円がよりたくさん買える円安が有利なことは当然であり、この当然を守ろうとして、円高をほんのいっときだけ止めてほんの少しだけ円安へと引き戻すために、日本政府は為替相場への介入を繰り返している。

 日本政府には要人による口先介入という手段がない。日本がなにを言っても為替の相場に影響はないからだ。したがって銀行に円売り注文を出し、円でドルを買うという具体的な介入をするほかない。為替リスクという大きな損の可能性をはらんだ投機に、こうして国家の手によって税金が投入されていく。

 二〇〇三年の五月には四兆円のドル買い介入がなされた。九月には月間での最高となった五兆円を越えるドル買いがおこなわれた。十月には二兆七千億円。こういった介入を二〇〇三年の一月から九月まで合計すると、その総額は十六兆円に届く。この額は二〇〇二年の日本の経常黒字額とならぶものだ、という指摘を僕は新聞で見た。二〇〇四年の介入総額は百兆円にもなるのではないか、という予測もある。こうした数字を眺めていると、たいへんな額だとしか言いようがないけれど、東京外国為替市場での一日の取引高は十七兆円だ。だから政府がおこなう介入の額そのものは、効果があるのかないのかよくわからない、という程度のものであるようだ。

 なんとか円安を保とうとして日本政府がおこなうこのような介入は、日本がいつでも自由に出来るという性質のものではない。十月に日本を訪れたとき、ブッシュ大統領は「為替の動きは市場にまかせるのがいい」という発言をした。円の相場を一定の基準にとどめておこうとするためのいきすぎた介入はするな、というような意味だ。これに対して日本の首相は、「急激な動きに対しては対抗措置をとらざるを得ない」と発言した。「いきすぎがあれば円売りで対応する」「限度を越えた円高の動きには断固たる姿勢をとる」「市場と勝負をすべきときには勝負する」といった発言が日本の財務相から出されているが、このくらいの介入はしてもいいですね、という了解を求めるための発言だと理解すると、日本の置かれている状況がよくわかる。日本政府による為替相場への介入は、アメリカの産業界、そしてその利益を代表する議会から、そしてユーロからも、非難されている。

 九月二十日のドバイでのG7で、為替相場への日本の介入が牽制された。だから日本政府は介入を控えていたが、一ドルが一一〇円へと確実に接近していくのを見て、九月三十日、ニューヨーク連銀に委託するかたちで介入を再開した。しかし十月に入ると円は一〇七円まで上昇した。日本の介入には限度があるし、介入によって円が大きく下がることもないと市場が読んだ結果だ。「投機的な市場の動きには介入などで対応する」と財務省は言うけれど、介入こそが投機の機会を作り出しているのではないか。介入による相場の変動を投機家が嫌うということもあり得る。


*「まえがき」より

影の外に出る

 二〇〇三年の夏が終わろうとする頃から、主として報道をとおして、次のような言葉がこの僕の目や耳にも、しきりに届くようになった。日本の主体的な判断。国益。対米協力。国際社会への貢献。イラク復興の人道的支援。非戦闘地帯。アメリカ追従。状況を見きわめる。隊員の安全には配慮する。テロとの戦い。秋が来てそれが深まっていくにつれて、これらの言葉が飛び交う密度はいちだんと濃くなっていった印象としては、いわく言いがたい奇妙な違和感のある言葉ばかりだった。このような言葉によって、いったいどんな内容のことが、どのような人たちによって、どんなふうに語られ論じられているのか、僕が興味を抱くにいたった最初のきっかけは、僕がどの言葉に対しても感じた、たったいま書いたとおりの、いわく言いがたい種類の奇妙な違和感だった。

 考え抜かれた末のものであれ、ろくになにも考えてはいない結果のものであれ、人の口から他の人たちに向けて出て来る言葉というものは、その人がその問題に関して考えをめぐらせた証拠のようなものだ。こういう言葉で言いあらわされる思考とは、いったいどのようなものなのかという淡い興味を持った僕は、おなじような問題をめぐって自分でも考えてみることにした。考えた結果として、自分にはどのような言葉が可能になるのか。自分でも言葉を使ってみることによって、自分が感じている違和感の内側へ、多少とも入ってみることが出来るかどうか。

 この本に収録してあるいくつかの文章の最初のものには、二〇〇三年十月二十日の日付がある。文字どおりこの日に書いた、というわけではないが、この日付の近辺でまず僕はこれを書いた。誰に依頼されたわけでもなく、どこに対して責任があるわけでもない、自分ひとりだけのために書いてみるという、きわめて個人的な営みとしての文章だ。軽く読めるタイプのほんのちょっとした時評のような文章だ。そのように書きたいと思ったからではなく、こんなふうにしか書けないからという理由で、こうなっている。

 書き始めて僕は面白いことをひとつ発見した。気楽な文章であるとは言え、相手にする領域はたいへんに広い。日本国内だけではなく世界のいたるところで、時々刻々と発生してはただちにさまざまに変化しながら複雑に重なり合う事態、といったものぜんたいをカヴァーしなくてはいけない。ごく基本的な材料を手もとにためておくだけでも、作業としてはかなりの時間を必要とする。これはしかし当然のことだからそれでいいとして、問題はその奥にある。

 世界じゅうで時々刻々と発生しては変化していく事態がどこまでも続くのだから、そのなかに巻き込まれると、そこから出られなくなる。つきあいは際限なく続くから、たとえば文章を書く仕事をそこでするなら、どこまでも書き続けなくてはいけない。書くためには考えるのだから、こういう世界で仕事をする人たちはすべて、考え続けなくてはいけない。時々刻々に合わせて考えるだけでは足らない。そのずっと向こうを正確に見とおす視線で考える必要がある。

 考えることをどこかでやめると、考えを停止したことによってそこから先に発生するマイナスは、借金が雪だるま式に大きくなっていく、というようなことに例えることが出来る。思考を停止した人が最も陥りやすいのは、べきである、べきではないという、すでにその人のなかで出来上がって固定されている価値観によって、すべてを性急に裁断してしまうことだ。その人の価値観はその人の財産であり、少しだけおおげさに言うなら、それはその人の既得権益のようなものだ。これを守ろうとして活用される、べきである、べきではない、という価値観は、持続させることがもはや不可能なほどに効用のつきた制度であり、現在という現実に対して、これほど無力なものはない。

底本:『影の外に出る──日本、アメリカ、戦後の分岐点』NHKブックス 2004年


2004年 『影の外に出る──日本、アメリカ、戦後の分岐点』 アメリカ 戦後 日本 日米 経済 考える
2016年4月9日 05:30
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