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スヌーピーと旅したアメリカ6000マイル

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 ふつう、ぼくは、人形と名のつくいっさいのものに対して、興味を持たない。嫌いなのではなく、人形はじっと見ているともの悲しいし、あるときは薄気味わるくもあるからだ。

 身のまわりにながく置いてあった人形には、ぼくたちの生命なり感情なりの一部分がのりうつり、口がきけず体も動かせないだけによりいっそう悲しい状態でじっとしているのではないのか、というよけいな心配がおこってきて、その心配は処置にこまる。

 そんなわけだから、ぼくの身辺には人形はいないのだが、スヌーピーだけは、べつなのだ。4、5歳の男のコの身長とおなじぐらいの背丈の、アメリカ製のスヌーピーが、部屋のすみにいる。

 このスヌーピーとは、アメリカを6000マイルちかく、共に旅をした仲だ。ロサンゼルスの大きなオモチャ屋でめぐりあったのだった。なにを買うというあてもなく、ただいろんな玩具をながめていて、スヌーピーのコーナーの前まできたとき、黒くて長い両耳を垂れたスヌーピーが、いかにも呑気そうに、しかしかなり賢そうに、坐っていた。

 坐っている状態での身長が、4、5歳の男のコとおなじなのだから、うしろ脚をまっすぐにして立たせてやると背丈はもっと高くなる。

 シッポのできぐあいといい、腹のふくらみぐあい、そして両目の小ささなど、あるひとつのキャラクターにむかってきれいに調和していて、思わずそのスヌーピーの右手をとって握手みたいな状態になったとき、美しい女性の店員がやってきて、「イズント・ヒー・ソー・キュート?」と言って、うっとりとしたような微笑をぼくにむけた。

 つまり、ぼくは、そのでっかいスヌーピーを、買わされてしまったのだ。

 これから自動車でニューヨークまでいき、やはり地べたのうえをトンボ返りして走ってこようというときだったので、スヌーピーもその旅に同行することになった。

 ナヴィゲーター兼ドライバー兼ボディガード兼友人である白人青年とふたりの旅だったから、スヌーピーは、ぼくたちの車、グラン・トリーノ2ドアのうしろの席にいつも坐っていることになった。

 モーテルに泊まるときには、部屋のなかへ持って入ってあげたし、食事のときには、連れの白人青年が、面白がって抱いていくこともあった。

 スピード違反で何度もパトロール・カーにとめられ、そのたびに、警官は、うしろの席のスヌーピーに、いちべつをくれるのだった。愛想よくスヌーピーに声をかける警官もいたし、これは盗品ではないのか、としつこく問いただした警官もいた。ぼくたちは、きたないかっこうをしていたから、純白にして新品のスヌーピーが盗品に見えても、すこしもおかしくはなかった。

 ニューヨークから西へむけての帰途は、グレイハウンドの長距離バスの気まぐれな乗りつぎの旅だった。スヌーピーがいつもいっしょで、ぼくと連れの白人青年とが交代でかかえて歩き、バスに乗っているときには、ひとりぶんの席をスヌーピーは占領していた。

 ニューメキシコ州のエルパソまでひきかえしてきて、ここからちょっとメキシコに入ってみようか、という話がぼくと連れとのあいだにまとまり、必要な書類なしで1日でも2日でもいいからメキシコに入れてはもらえないだろうか、と国境の検問所へ、かけあいにいった。

 書類は簡単に作れるし、メキシコに入りたければ入ってもいいのだが、マリワナのとりしまりを厳しくおこなっているから、おまえたちのような風体の人物は、再びアメリカに入るときには徹底的に調べる、と言われた。

 そして、検問所のボーダー・ガードみたいな男は、スヌーピーをまっすぐ指さし、その犬ころの腹もかっさばいて、なかにマリワナが入っていないかどうか調べるぞ、と言った。

 ぼくたちは、メキシコ入りをそくざにあきらめ、アリゾナ州の南端にちかいところを西へむけて抜け、カリフォルニアに帰ったのだった。

初出:ピーナッツ・ブックス39巻『うでずもう選手スヌーピー』(巻末エッセイ) ツル・コミック 1974年
底本:『パッシング・スルー──片岡義男 クラシックス』ビームス 2014年


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2020年2月21日 11:40
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