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ニコンFG

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 F3。FA。FM。FM2。FE。FE2。自分が使うニコンという意味で、以上の六機種があれば僕には充分だ。いまのところまだないのは、FAとFEだ。その代わりに、FGそしてFG–20という二種類のニコンを、僕は中古で手に入れた。中古店で見るたびに気になっていたからだ。気になるなら買って使ってみるほかない。なぜこのふたつが気になるのか自問自答してみると、きみの気持ちを引いているのはそのかたちだよ、という答えが返って来る。

ニコンFGは、ニコンでは最初のプログラムオート搭載機。ベースとなった絞り優先専用のニコンEMにマニュアルとプログラムAEを加え、さらに逆光補正ボタンとは別に±2EVの露出補正ダイヤルがついた。ところで、FGは瞬間絞り込み測光方式のプログラムAEなので、多少のタイム・ラグがあるが、実用性はEMより高い。1982年発売当時の価格は、ボディーのみで6万1000円だった。

 FGとFG–20はよく似たかたちをしている。基本的にはおなじものだと言っていいのではないか。ニコンにしてはかなり小さい。もっとも小さいニコンは、「リトル・ナイコン」と呼ばれたニコンEMだと僕は思うが、EMにはさほど気持ちは動かない。買ってみよう、という気にならない。レンズをつけた上での、ぜんたいの造形にどこか間の抜けたところがあるからだ。FGとFG–20はほどよく引き締まっている。

 どちらも小さなニコンだが、造形はやや手がこんでいる。たとえばペンタプリズムの入っている三角の屋根の左右にある、軍艦部と呼ばれている部分が単純な平らではなく、三段あるいは三層に造形されている。この三段のなかに、左側では露出補正・フィルム感度のダイアルが、そして右側ではシャッター速度・モード選択のダイアルが巻き上げと同軸で、どちらもなかば埋め込まれたように造形されている。巻き上げレヴァーも段差のなかにたたみ込まれている。

 小さなほどよいまとまりのなかに、このような少しだけ凝った造形がしてあると、僕はなぜかそれにひかれるものを感じる。それを見る僕の視線が、それを見るたびに、雰囲気という種類のなんらかの意味を、頭のなかに作り出す。造形だから操作感には影響があるかもしれないが、性能とはおそらくなんの関係もないはずだ。

 買ったまま使わずにいたFGとFG–20のうち、FGを僕は使ってみた。多摩川から東側で小田急の各駅停車の駅を三つ選び、それぞれの駅周辺の商店街を、僕はニコンFGとともに歩いた。

 五月のある晴れた日の午後、35–70のズーム・レンズをつけたニコンFGで、プローヴィアの400をちょうど五本使って、僕は写真を撮った。現像されてスリーヴに入ったままのカラー・リヴァーサルをライト・テーブルに置いて観察すると、裏面から光が透過して来るカラー・リヴァーサルの齣のひとつひとつに、そしてそれらの集積のなかに、物語が見えて来る。いまたまたま僕のものである、一台のニコンFGという写真機の物語だ。

 その写真機を持って歩いた撮影者であるこの僕を消して考えると、その物語のありかたは、少しだけわかりやすくなるかもしれない。一九八二年の五月に発売され、それ以後何年間かにわたって市販され続けたFGという写真機のなかの一台が、一九九七年の五月九日の午後、小田急線沿線の駅周辺にある商店街のなかを、右に傾いたり左にかしいだりしながら、ときには上下に少しだけ位置を変えつつ、人の歩く速度で空中を浮遊していく。そしてときどきなにかにレンズを向けて静止し、シャッターを作動させてはフィルムを巻き上げていく。

 僕がライト・テーブルで観察する、五枚のスリーヴに入った全百八十齣のカラー・リヴァーサルは、そのようにして空中を漂ったニコンFGが撮影したものだ。どのフィルムでも1から36まで、齣は僕が撮った時間順に並んでいるけれど、僕を消してしまえば撮った時間順も消えるから、場所と時間の範囲そして被写体の性質などには限定を受けながらも、空中を自己の意志で浮遊したFGによってきわめてランダムに撮影された、一九九七年五月九日の日本の物語だ。

「きみが撮った百八十齣に妙な理屈をつけただけだよ。きみ自身が見た物語を、きみが百八十齣の写真に撮っただけじゃないか」という正論はあくまでも正しいとして、そのような正しさだけでは写真は撮れない、ということをいまの僕は言おうとしている。

 写真を撮るという科学的そして化学的なメカニズム以上のものが、写真機にはある。写真機が撮らせた写真、というものがある。それはどれですか、と真正面から質問されても困るが、写真機を持っていたがゆえに、目にとめることの出来た光景や世界というものは、確実に存在する。

 写真機という科学。フィルムという化学。撮影者という意志と行動。そして太陽ないしは人工の光。以上だけで写真は確かに撮れるが、それは要するに撮れるというだけのことであり、なにをどう撮るかという最重要な命題のうちの何分の一かは、常に写真機が無言で引き受けている。

 ある日の僕が撮影した百八十齣を、二齣に要約することは可能だ。作例のとおりだ。これが一台のニコンFGの撮った、一九九七年の日本の物語だ。この二点の写真が写し撮った光景は、根底においてまったく同質だ。写真Aは姿を少し変えれば写真Bであり、写真Bは別の光景に生まれ変わるなら、写真Aとなる。

 この日の五本のフィルムを、僕はオートで撮った。シャッター速度ダイアルにある、Aというモードだ。影のなかに直射光があったり、商店街の光景の上部に空があったりすると、FGのオートはなぜか鋭く反応して、二段近くアンダーにしてしまう。作例のうち街の光景はそのようなアンダーの典型だ。僕が意図的にこう撮ったのではない。直射光と空がなければFGのオートはきわめて真面目だ。

ニコンFGのオートによるアンダーの見本。しかしこれはこれで思いがけなく深い味となっている。

これがオートの露出だ、驚くべし。こんなに真面目な露出は、僕には出来ない。

 

出典:『ラピタ』1997年8月号
カメラ解説:円谷 円


カメラ ニコン 商店街
2018年11月21日 00:00