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ラディカルさの筋道

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この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」
に収録されたものです。

 一九四二年十二月のあの日曜日、ジョージ・ブッシュは教会での礼拝へいく途中、あるいは帰り道、大学のキャンパス内を歩いていた。日本軍による真珠湾攻撃を、そのとき彼は知った。一年後、十八歳になると同時に、彼は空軍に入隊した。パイロットになった彼は、通称をアヴェンジャーという複座の魚雷爆撃機に乗り組んだ。太平洋の戦場に出て実戦のなかにいたとき、彼は小笠原の近くで撃墜されて太平洋を漂い、潜水艦に救助された。

 愛国的な兵士として、彼は戦場で体を張った。それはそれでいいとして、大統領選挙でクリントンを攻撃するきっかけやとどめとして、戦争に参加した事実を何度も持ち出すと、従軍経験というものの持つべき意味が、少しずつ変化していく。旧世界の陳腐な価値観のなかへ、それは少しずつ確実に落ちていき、最後は彼自身に対してマイナスとして作用するまでになった。

 ヴェトナム戦争時に徴兵適齢の青年だったビル・クリントンが、なんらかの徴兵回避の工作をおこなったことは、確かだと言っていいようだ。そのことに関する彼による説明の内容が、そのたびに少しずつ違ったりしているのは、彼らしさの出た興味深い部分だ。隠しとおさなければならないものを避けながら、どの視点で説明するかによって、内容はそのつど微妙に異なったものとなるということだろう、と僕は理解している。状況に応じて修正していく傾向は、彼らしさというものを構成する要素のひとつだ。

 そのような彼をドラフト・ドッジャー(徴兵逃れをした男)として絶対に許さない人たちが多く存在すると同時に、五十年前に愛国的な兵士として戦ったかどうかは、大統領としてこれからのアメリカをリードしていく能力とは本質的になんの関係もないとする考えかたも、原則論ではあるけれど草の根に存在している。

 奴はドラフト・ドッジャーだと言ってしまうと、すべてはそこで停止し、デッド・エンドとなる。いっさいの思考がそこで停止し、終わりとなる。兵役の有無は関係ないとする論のほうでは、思考は停止せず前方に向けて開かれている。思考は継続されていく。人々の知力が国の力だとするなら、どんな問題にせよそれをどこまでどんなふうに考え抜くことが出来るかが、もっとも重要な財産としての資質になるはずだ。

 クリントンが大統領としておこなってきたこと、あるいはしようとしたことは、すべて相当にラディカルであり、彼自身のラディカルさの筋道にきちんと沿ったものだった、と僕は思っている。そのようなラディカルさがある限度を越えて発揮されると、それに対する反対の勢力を強く掘り起こすことになるのではないか。一九九五年の一月だったと思うが、大統領夫妻がアメリカ国内のどこかの小学校を訪問したとき、幼い女性の生徒から大統領は次のような質問を受けた。

「大統領に激しく反対している人たちと対処していくにあたって、あなたがもっとも留意していることはなにですか」。この質問に対して、大統領は彼女と完璧に対等な立場にきわめて無理なく自分を置き、真正面から次のように答えた。「ほとんどの攻撃の陰には、私を個人的に攻撃してなんらかのダメージをあたえようとする試みがあります。個人的にダメージを受けるということを、絶対に自分に許してはならないのです」

 クリントン大統領は、全体というもののなかにいる対等な当事者のひとつとして日本を見ることの出来る、最初のアメリカ大統領ではないだろうか。ごく単純に図式化するなら、五十代なかば以上の年齢のアメリカの人たち、特に政府や財界で要職についている人たちが日本を理解するとき、その理解のしかたのなかには、アメリカの属国としての日本というものがかならずある。アメリカとの無謀きわまりない戦いに当然の負けを体験した日本は、戦後の復興にかかわるほとんどすべてをアメリカに負ったのであり、その後もアメリカによる安全保障のなかに居続けて経済力を持つにいたったのだから、アメリカにしたがうかたちで、アメリカの利益を損なわない範囲内で、その機能を発揮すべきだ、というような日本のとらえかたを彼らはしている。世代的にだけではなく価値観的にも、クリントン大統領はこのような日本のとらえかたから遠く隔たっている、という期待は持っていい。

 戦後からつい昨日まで継続されてきたアメリカと日本との関係は、日本にとっては日本の大好きな上下関係だった。上がアメリカで下が日本だ。上にあるものは下にあるものをさまざまに擁護し便宜をはかり、下はその傘のなかで自己の利益の追求を最大限におこなう、という旧来の関係から脱出する絶好の機会を、クリントン大統領という外因のなかに、じつは日本は持っているのではないのか。

底本:『日本語の外へ』角川文庫 2003年


『日本語の外へ』 アメリカを知っているのか?
2018年9月7日 00:00