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「モースト・インポータント」とは?

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この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──世界とは母国語の外のこと」
に収録されたものです。

「大統領とのフレンドシップはモースト・インポータント」なものです、と日本の首相がアメリカのTV番組で言うとき、そのフレンドシップとは、じつは日本人の大好きな上下関係のひとつを意味しているのではないかと、僕は思う。そしてその上下関係とは、自分にも利益がまわってくることの保障を取りつけるシステムのことだ。日本にとってのアメリカとのフレンドシップ関係は、アメリカによって自分の利益が保障され続けるシステムの、存続を確認する方法だ。その意味において日米関係は「モースト・インポータント」であり、戦後から現在まで日本がアメリカに対して取り続けてきた態度は今後もなんら変わらないという意味においても、その関係は「モースト・インポータント」なのだろう。

 戦後のアメリカは、ソ連の威嚇というものを、自分たちにとっての最大の敵として想定した。この敵に徹底的に対抗するというアメリカの国益行為にとって、日本はまずなによりも先に地理的に見て、アメリカにとって重要だった。ソ連に対抗するための、太平洋の東側における最前線基地だ。日本はアメリカが広げた巨大な翼の下に入った。戦後の日本のシステムは曲がりなりにも自由と民主であり、アメリカの保障の下には平和があった。平和と安定したシステムとがなければ、技術と経済による立国などあり得ない。平和には広大な輸出市場としてのアメリカが付随していた。アメリカによって日本は計り知れない得をした。

 国内経済の建てなおしを最重要課題としているクリントン大統領は、日本の輸入枠の設定とその達成を日本に迫るのが、日本に対する経済面での基本的な方針だ。設定される目標枠には、発動されることはめったにないとしても、制裁の規定がともなう。目標枠の設定に応じることは、日本にとっても世界にとっても、いいことではない。それに、いまはもう機能している状況とは言えないにせよ、ガットのルールにも違反する。半導体や自動車部品に関しては政治的な一時しのぎでそうしたまでで、結果として達成された数字はたまたま目標の近くまでいったに過ぎません、と本当のことを言うわけにもいかない。目標の設定には反対ですという首相の判断は正しい。しかし、詰め寄るように質問され、そのひとつひとつに対する日本の首相の答えがノーであるのは、そのノーがいかに正しくても、結果としては拒否以外のなにものでもない。部分的には正しい意見を述べていながら、結果としてはもっとも不利な位置に自ら身を置くことになる。

 冷戦が終わったあとの現実というものは、クリントン大統領にとってはもっともわかりやすい領域のひとつなのではないか、と僕は感じる。冷戦が終わったあとの世界各国の、多重に錯綜(さくそう)する複雑な関係のなかで、問題ごとにその国との個別の交渉で国益を確保していく、という領域だ。日本とアメリカとの関係は、そのようなやっかいな視野のなかで、ほとんどまったく新たに、作り換えられなければならない。これまであった関係を、そのまま将来に向けて続けていこうとする考えかたは、完全に間違いだ。これまでとは異なったルールが、世界ぜんたいという極大範囲のなかで、創出されなければならない。そしていまのアメリカには、自らが世界に向けて推進してきた自由を、全域にわたって厳守するだけの余裕がない。現実の最急務として、アメリカは最応急の手当てをしようとしている。

 日本とアメリカの関係を、アジアそして世界ぜんたいのなかで、どのように位置づけどのように機能させていくかに関して、日本は世界にヴィジョンを提供し、賛同を得なければならない。そのヴィジョンのなかに、周辺各国の安定と安全を織り込みつつ、共存のルールをはめ込んでいかなくてはならない。限定された個々の分野での二国間協議に、ぜんたいつまり世界を重ねる工夫を、日本は常にしなければならない。世界に対して共同して責任の取れるような共通のルールのなかに入ろうとする対等の試みが、日本交渉であるべきだ。

 このようなことに関して日本の首相は、アメリカのTVでアメリカ市民に向けて広く語りかける試みをすべきだった。しかしそれは望み過ぎかもしれない。なぜなら、そのような語りかけによってアメリカ市民を説得して強い賛同を得るためには、その語りかけを裏づけるいくつもの具体的な政策を、日本はすでに強力に推進していなくてはならないからだ。自国の市場を世界に向けて開放する政策と、自国の新たな産業を育てて強くしていく政策とを、同時に成立させるような政策だ。そのような政策はなされてはこなかった。したがって語りかけは不可能だ。

 一九九五年の六月なかばで場面をひとつ切り取ると、自動車の部品をもっと買え、とアメリカは日本に要求している。民間企業の問題を政府間が協議する間違いの上に、その政府による数値目標を設定してそれを守らせる、というもうひとつ間違った試みが重なっている。アメリカの要求に日本が応じなければ、日本に対して一方的に制裁措置が発動されるという。このような一連の成り行きを、アメリカの要求に応えないという決定とともに、日本はWTOに提訴した。日本は自由貿易を守りたいから、というのが提訴の理由だ。ここまでなら理は日本にあるし、そのかぎりではヨーロッパもその理を認めている。

 しかし、日本のシステムぜんたいというものを、世界に対する閉鎖的な挑戦の典型として、アメリカがWTOに提訴したらどうなるだろうか。日本は引っ込みがつかなくなるだろう。日本は自由貿易を守る、と日本は言った。ところがその日本というシステムは、世界に対する閉鎖の典型だとアメリカに言われたなら、より大きなかたちで理はそちらにあることになる。ヨーロッパはその理を支持するはずだ。

 アメリカ製の部品をのんびりと買い付けている隙間などもはやなにひとつないほどに、日本の自動車産業の現場の全域が、過酷をきわめた緻密さで構成されきっている。自動車産業のほぼ全域がじつは人権問題であるとも言えるほどに、日本の自動車産業というシステムは、おそろしく洗練されて完成している。その事実のぜんたいが、買い得の高品質という日本車だ。

 アメリカの自動車業界それ自体は、日本という市場で自分たちが犯した失敗をよく承知している。大統領を背後から動かしているのは自動車労組だ。この労組が力を持っていて、それゆえに自動車州と呼ばれている州が六つある。この自動車州を地盤にしている労組を、民主党の大統領はNAFTAで敵にまわした。そして中間選挙で民主党は大敗した。大統領が再選を狙うなら、カリフォルニアを加えて、この自動車州を絶対に取らなくてはいけない。

 取りたければ取れ、と労組は言っている。つまり、閉鎖市場である日本をこじ開けろ、と言っている。開ければその実績は選挙での獲得票になる、というわけだ。開けたことのとりあえずの実績は、日本に約束させる数値だろう。その数値を、再選活動のブレーンの中心となるはずのミッキー・カンターが、日本に提示する。日本としてはどこまで見通せばいいのか。

 円高が続くと、たとえば自動車の部品は、安いところから買わざるを得なくなる。現在の外国製部品の調達率はたいへん低いが、外国から買うか国内で調達するのか、そして外国で生産するのか国内で生産するのか、決断しなければならないときはとっくに来ている。そしてその決断には、製造から販売までの全域にわたる大きな変革をともなう。

 決断にまつわる見通しを、いま言える範囲内で言ってみたのが、日本の自動車業界がまとめたグローバル・ヴィジョンという自主的な計画だ。業界の指導にかかわる通産省(現・経済産業省)の力が引き出したものだが、現実はこの程度の計画をはるかに越えた先で進展している。アメリカのビッグ・スリーが作る自動車は、彼らの心情にとっては、いまだにメイド・イン・アメリカ・ウィズ・プライドかもしれないが、内容的にはもはやどこ製でもないと言っていい。アメリカという国をひとつにまとめ上げた神経細胞経路、とまで言われた自動車がいまではそうなっている。作業車やバス、軍用車などは別にして、ごく一般的な乗用車にあっては、アメリカらしさは淡くなるいっぽうだ。

 日本もおなじことを体験する。自動車の製造や販売をめぐって日本が築き上げた日本らしさは、少しずつ確実に消えていく。グローバル・エコノミーとはそういうことだ。製造のしかたにおける日本らしさは完全に完成されている。全域にわたってあらゆる細部が、じつは人権問題でもあるような過酷で緻密なシステムは、状況が変化するとにっちもさっちもいかなくなる。調整で切り抜けようとすると、その調整はあっというまに雇用にまでおよぶ。

 売りかた、つまり儲けかたの日本らしさは、日本がかかえ込んでいる矛盾や無理、そして不合理などの総体だ。これを市場の閉鎖性だと指摘されたら、日本はまともには反論は出来ない。ほとんどおなじ仕様の同一車種のあいだに、日本とアメリカとでは四十万円から八十万円の価格差がある。日本車の日本国内価格に割高感があるのは否めない、などと業界の人は言うが、これだけの価格差に割高感という言葉を使うこと自体、妥当だろうか。

 販売員に課せられた販売に関する以外の煩雑な労務は、消費者が背負う日本というシステムの矛盾や無理、そして不合理そのものだ。販売店で修理を頼むと部品代と作業代を請求される。部品代とは純正部品の代金だ。純正部品とは、開発の段階からシステムのなかに入っていた部品のことだ。それ以外の部品は、品質がどんなに良くて安くても、最後まで流通には乗れない。車検に関してもすでに多くの正しい指摘が出つくしている。日本というシステムが業界にとっていかに有利に、そして精緻に巧みに出来上がっているかを知りたければ、車検を受けてみることだ。

 このような日本のシステムが、業界別に、そして国ごと、世界に対する閉鎖の典型として、アメリカによって世界機関に提訴されたなら、かかわりの浅くない先進諸国は、自動車問題に関するアメリカの理不尽さを越えて、日本は閉鎖市場だとするアメリカの主張を支持する。

 アメリカは自由と民主とを世界に広げてきた。自分たちのルールがぜんたいのルールになるといい、というわけだ。ルールを共有しない相手に負けると、これはフェアではない、とアメリカは言う。俺がお前なんかに負けるはずがないのにこうして負けているのは、なにかからくりがあるからだというのが、フェアではない、という言いかたの意味だ。自動車とともに日本というシステムのぜんたいが、世界の目をあざむくからくりにされてしまう。

 日本には日本のやりかたがあるとするなら、そのやりかたはもちろん、日本には日本のやりかたがあると世界に向けて主張することも含めて、それが日本文化というものだ。文化でおおげさなら、それが日本らしさだ。日本にとってもっとも大切なのは、日本らしさではないだろうか。日本が能力いっぱいに発揮してきた日本らしさが、たとえば現在の日本の自動車を作った。そのためのシステムをここまで支えてきたのは、戦後の自由世界つまり現場での資本主義だった。日本もその現場のなかで過ごしてきた。そこで自分のやりかたを獲得したし、それを主張出来るまでに、少なくとも経済的には成長した。日本は日本を支えてきた自由を主張し、アメリカはアメリカの自由を主張している。おたがいに相当に激しく異なるふたとおりの自由が、いま衝突している。

 両者ともにあとへは引かないだろう。衝突している二種類の自由の背後には、それぞれ国の文化の総体が横たわっているからだ。これはじつは深刻な種類の衝突ではないだろうか。大統領とのフレンドシップどころではない。これだけの衝突のなかのどこに、どうやって、フレンドシップを成立させていくのか。

 しかし現実の問題としては、深刻な心配は無用だろう。現場における資本主義の基本的な性格は、突進なのだ。どこかに差を見つけ、その差を自分にとっての原動力にして、自分の内部で際限なく増幅しつつ、前方に向けて突進していく。これからの突進先はアジアだ。日本からの視点で言うところの東南アジア、インド、パキスタン、そして最終的には中国だ。

 その最終的な中国に、たとえば三十年前の日本とおなじ程度のモータリゼーションが実現している様子を、想像してみるといい。自動車だけが走っていてその他はいまのまま、というわけにはいかない。アジアのほぼ全域の経済が三十年前の日本くらいまで持ち上がっているとき、自動車はまだアメリカ車、日本車、ヨーロッパ車などと分かれたまま、シェア競争をしているだろうか。自動車メーカーは溶け合ってひとつになり、世界車のようなものが現れているはずだ。アジアという次の現場における資本主義の突進にとっては、そうならないことには効率が悪すぎるからだ。

 早くも何年か前の出来事になってしまい、したがって現在およびこれからとはほとんどなんの関係もないことでしかないが、僕はひとつの光景を思い浮かべる。東京で開催された、世界の自動車部品メーカーの、展示取引会のような会場に、日本の自動車メーカーも応対のために机を出していた。メーカーごとに何人かの男たちが机のまわりにいた。そこへアメリカの自動車部品メーカーの男が現れ、自分の会社で作っている部品を取り出し、日本の自動車会社の男たちに見せた。

 自動車会社に勤めているとはいえ、机のまわりにいた男たちには、それがなんという部品でどのような機能を果たすものなのか、さっぱりわからなかった。「なんだかわかるかい、わからないだろう。自動車のわかるやつと代わってくれよ。アメリカのどのメーカーも使ってくれてる部品なんだ。日本にも買ってもらいたいんだよ」などと、アメリカのおじさんは真剣に掛け合っていた。

 自動車産業は部品産業という膨大な裾野なしには成立しない。現場で突進していく資本主義は、そのような裾野も根源的に改変してしまうだろう。俺のとこの部品を買え、と迫ったアメリカのおじさんと、迫られた日本の男たちが作った光景は、突進によってとっくに過去のなかに置き去りにされた、懐かしい光景でしかない。

底本:『日本語の外へ』角川文庫 2003年


『日本語の外へ』 アメリカを知っているのか?
2018年8月27日 00:00
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