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モカを飲んだらその歴史も知ろう

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〈書評〉旦部幸博著珈琲の世界史

 日が少しだけ長くなった冬の午後のひととき、コーヒーを飲みながらコーヒーの世界史について一冊の平明な本を読んで楽しむ、ということを僕は思いついた。

 思いついてさっそく実行に移した結果が、いまここにあるこの書評だ。コーヒーを実際に僕は飲んでいる。まだ一杯目だ。『珈琲の世界史』という本は、読み進めて半分を越え、興味はつきない。

 いま僕が飲んでいるコーヒーはエクアドルの深煎りだ。たいそう結構だ。モカは多くの人が知っている。豆を選ぶことの出来る喫茶店でモカを選んだ人に、「モカとはなにですか?」と、今度訊いてみよう。

 アラビアのコーヒーですよね、という程度には答えてくれるだろう。その人に次のように教えてあげたい。アラビア半島南端のイエメンにある港の名前だ。17世紀にはここからヨーロッパヘコーヒーが輸出されていて、モカのブランドはコーヒーのブランドとして最古のものだ。いまこの港は砂がたまって使えなくなり、近隣の港からいまでもコーヒーが輸出されている。

 ヨーロッパに輸出され始めてからでも、モカはすでに400年以上の時間を体験している。今度街へ出たらモカの豆をぜひとも買おう。豆を客が選ぶことの出来る喫茶店は多くなった。モカはどこにでもあると言っていい。では、ゲイシャ、という名の豆はあるかどうか。

 そんな豆があるんですか、と驚く人に僕は教えてあげたい。エチオピアの西南部のゲイシャ村に野生していたコーヒーの木の豆が、1930年代に採取されていた。1963年にパナマに移植されたがそのまま忘れられ、コーヒー農園の片隅に残っていたゲイシャ豆のコーヒーをパナマのコンテストに出したら1位になり、その豆が落札されたときの価格は、それまでのすべての記録を上まわって最高となった。音声だけは確かにゲイシャであるこの豆のコーヒーを、僕はまだ飲んでいない。

 コーヒーの世界史のなかの、ごく小さい一端を拾い上げるだけでも、以上のような物語のなかに入り込むことが出来る。『珈琲の世界史』の「はじめに」と題した文章の、第2ページを読むだけで、これだけの物語が手に入る。読まずにはいられない。コーヒーを味わうと同時に、コーヒーの物語をも堪能してほしい、と著者は言っている。そのとおりだ。

 コーヒーの始まりはエチオピアだろう。少なくとも個人的にはそう思っていいようだ。個人的ではない文脈で、たとえばエチオピアの人たちがいつからコーヒーを知っていたのかについては、いくつもの歴史的事実をつき合わせながら推測するほかない。その過程は知的なスリルに満ちている。

 昔のエチオピアには文字の文化がなかった。だから文字による記録はいっさいない。エチオピアに進出したキリスト教徒やイスラム教徒たちが、当時のエチオピアの人たちについて文字で書き残したものが、史料となっている。

 1270年頃に編纂された『ケブラ・ナガスト』はエチオピアのキリスト教徒たちにとって、日本の古事記のような書物だという。この書物に、エチオピアを代表するコーヒーの自生地であるエナリアが出てくる。1世紀頃のエチオピアにあった王国が4世紀にキリスト教国となり、紅海を舞台に交易で栄え、やがて西南部のエナリアまで進出し、たくさんの黄金と数多くの奴隷を持ち帰ったという。以前からそこに住んでいた人たちがコーヒーを利用していたのを知りながら、文字にはしなかったのではないか、と推測できる。

 いま僕が飲み下すコーヒーひと口は15㏄くらいか。そのひと口のすぐ向こうには、膨大な時間と空間の歴史が横たわっている。さあ、2杯目のコーヒーを淹れよう。

出典:『週刊朝日』2018年2月9日号


2018年6月15日 00:00