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映画には「消えた東京」が残っている

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〈書評〉宮崎祐治著東京映画地図

 ひとりの読者として見当をつけるなら、1500本くらいだろうか。これだけの数の日本映画のなかに、東京でロケーション撮影された場面を見つけ出し、短い文章とイラストレーションによって描いた本だ。

『どっこい生きてる』という映画の冒頭に早朝の千住大橋が出てくる。仕事を求めて人々が集まってくる場面の美しい背景だ。『人間狩り』のクライマックスでは京成本線の町屋駅のプラットフォームが舞台だ。『土砂降り』という作品では、蒸気機関車や貨車など、当時の南千住駅とその周辺が、背景として用いられている。

 1500本の映画の1本ずつをこのようにとらえては短文にしてイラストレーションを添えていくと、ぜんたいは東京の地図となる。日本映画がロケーション撮影された現場と、その場面の出来ばえとの、東京地図だ。したがって、この本の題名はじつに正しく、『東京映画地図』だ。

 娯楽として人々に提供された劇映画がフィクションであることは、観客の誰もが承知していた。しかしそのフィクションのなかには、東京に現実に存在した場所が、背景として撮影現場になることが、しばしばあった。劇映画を呑気に観ていると、このような場面が突然にあらわれることが何度もあった。

 自分のよく知っている場所なら、あ、あそこだ、と思ってなぜかうれしい気持ちになった。知らない場所でも、ロケーション撮影された場所が現実の場所であることは、画面を観ていれば一目瞭然だった。

 フィクションを画面で語るにあたって、東京にある場所という現実が、なんの無理もなく加担している様子には、映画が持つからくりとしての魅力が常にあった。そして現実はどこまでも現実であり、それを予期せずにスクリーンに観る楽しさも、同時に存在していた。

 このような楽しさだけを目的にして、日本映画をかたっぱしから観ていく、という趣味はいまなら充分に成立する。この本はきわめて有効な手引きになる。こうして理屈を述べるだけではなく、日本映画のなかに東京を見つける趣味を、実際におこなってみたい、とせつに思う。東京のいたるところが次々に消えていく。いまはもうどこにもない、とっくに消えた東京が、映画のなかには当時のままに残っている。

 戦争への急斜面を落ちていく戦前の東京で、自動車のセールスを仕事にしている若い女性を原節子が演じた映画で、どこなのか特定は出来なかったが、当時の東京の幹線道路が場面にあらわれた。人も自動車もごく少なく、したがって奇妙にがらんとした印象の道路は、同時代に3、4歳だった僕の、東京の道路の記憶と重なっている。あのがらんとした様子。僕の東京の原点だ。

 1961年に吉永小百合が主演した映画で、彼女がオート三輪を運転する場面を実写で観ることが出来た。『東京映画地図』にこの場面のことが書かれている。『青い芽の素顔』という題名で、オート三輪はダイハツのミゼットだったという。玩具工場で働く若い人たちの物語で、背景となっている場所の近くで、オート三輪の場面はロケーション撮影された。ごく短い点景だったが、撮影には手間がかかったはずだ。走ったのはほんの100メートルほどだったにせよ、吉永小百合はダイハツ・ミゼットをほんとにひとりで運転していた。

 1936年の『東京ラプソディ』、39年『暖流』、51年『麦秋』にニコライ堂が出てくる。3本とも僕は観ている。『暖流』のニコライ堂は、『東京映画地図』によればセットだという。セットなら高さは自由にきめられるわけだ。58年の『愛情の都』という映画は、同書によれば、「ニコライ堂映画」と呼んでいいほどだという。まずこの映画を、なんとしても観ることにしよう。

出典:『週刊朝日』2016年11月4日号


2018年6月4日 00:00