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巨匠と名優の軌跡の合流を読む幸せ

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〈書評〉グレン・フランクル著 高見浩訳捜索者 
西部劇の金字塔とアメリカ神話の創生

『捜索者』という題名のこのノンフィクションを読んでいく読者が次々に体験する発見は、『捜索者』というおなじ題名のアメリカ映画に向けて、すべて収斂していく。その様子は見事と言うほかない。

 原作小説の材料となった史実がまず丁寧に書かれていく。小説に書かれ映画に描かれた物語は、実際にあった出来事なのだ。

 大平原を疾走していくバッファローの大群を日常的に見ることの出来た西部開拓時代に、先住民コマンチによって拉致された白人女性が、コマンチに同化しきった24年後にアメリカ騎兵隊によって連れ戻され、そこからさらなる悲劇が展開したのは、歴史上の事実だ。

 白人女性がインディアンに拉致され、長い年月の果てに自らをインディアンとしてとらえ、インディアンとして生きた例は、けっして少なくないだけではなく、アメリカにおける文学にとっての最初の重要な主題になったし、アメリカでの最初のベストセラーは、1682年に刊行された、インディアンにさらわれた白人女性の手記だった。先住民なしではアメリカの歴史がそもそも始まらなかった。

 原作となった『捜索者』という西部小説の長編を書いたアラン・ルメイについて簡潔な記述がある。1899年に生まれて第1次世界大戦に従軍し、長続きしなかったさまざまな職業をへて、シカゴ大学に入学した1919年、雑誌に短編が売れたときから、作家になった。自分の主義や主張を曲げない西部男という、生涯にわたって追い続けた唯一と言っていい主題に到達すると同時に頂点にも達したのが、1954年に刊行された『捜索者』だった。この小説の映画化権は設立されたばかりの映画会社に6万ドルで売れた。そしてこの映画会社のビジネス・パートナーのひとりが、映画監督のジョン・フォードだった。原作者は映画化にいっさい関与しない、という契約だったから、フォードはこの自分好みの物語を、自分の好きなように映画にする権利を手にしたも同然だった。

 コマンチに拉致され24年後に騎兵隊によって連れ戻された史実のなかの白人女性はシンシア・アンといい、コマンチの族長を夫にして3人の子をもうけ、息子の一人は南北戦争を挟んで40年ほど続いたインディアン戦争で白人と戦い、軍事力の差を前にして戦いを止め、以後はインディアンの地位向上に努めた。

 原作となった小説では、力点がシンシアから彼女を11年に渡って捜索し続けた伯父のパーカーに移され、彼をもとにしてエイモス・エドワーズという不屈の男性が創作してあった。ジョン・フォードにとってこのエイモスは主人公のイーサン・エドワーズとなり、そのイーサンはジョン・ウェインによって演じられることになった。

 ふたりが出会ったのは1926年のことだ。ジョン・ウェインは19歳の青年で、20世紀フォックスの撮影所で裏方の力仕事をしていた。ジョン・ウェインという芸名はまだなかった。「わが生涯で最高に素晴らしい人間関係」とのちにウェインが語ったふたりの関係の始まりだ。

 ここにいたるまでのジョン・フォードの軌跡と、ここからのジョン・ウェインの俳優として自らを完成させるための努力という、ふたとおりの意思が、大平原を全力で走るバッファローの大群さながらに、『捜索者』の撮影へと流れ込んでいくのを読んでいくのは、良く出来たノンフィクションを読む読者がしばしば手に入れる、最高の幸せだ。
『捜索者』が公開された1956年のアメリカでは、西部劇がおそらく最後の隆盛を迎えていた。アメリカの映画は西部劇とともに成長した、とジョン・フォードは常に言っていたという。『捜索者』は西部劇の終焉の、ひとつのお手本だった。

出典:『週刊朝日』2015年12月11日号


2018年5月25日 00:00