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ポテトでアメリカ文化が手に入る幸福

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〈書評〉マーナ・デイヴィス著 伊丹十三訳『ポテト・ブック』復刊版

 ポテトの原産地はペルーだ。南米にあった独自の文化に侵略したスペイン人たちによって持ち帰られ、スペイン、アイルランド、プロシヤ、イングランド、スコットランドなどへと、栽培は広がった。スコットランドやアイルランドからの移民によってアメリカに持ち込まれたのは一七一九年だったという。

 持ち込まれて栽培されたそのロング・アイランドの土地は、広いアメリカでも珍しい質の土地で、ポテトの栽培に最適だった。だからここがアメリカにおけるポテトの聖地となった。種は取れるのだが、種から栽培されることはまずなく、少なくともひとつは「眼」があるように切られたポテトの、ひとつずつを土のなかに植えていく。

 食料品としてポテトはたいへん使いやすい。料理のしかたは多岐にわたるとはいえ、おおむね簡単なものだ。したがって便利に使える。しかも、おいしい。そのことの当然の結果として、アメリカの料理はポテトが支えてる、と僕は思うし、『ポテト・ブック』の翻訳者、伊丹十三さんも「訳者まえがき」でそう言っている。

 ステーキの焼き具合、サラダのドレッシングの種類、そしてポテトの料理のしかたの好みを、アメリカのレストランではかならず訊かれる、と伊丹さんは言う。訊かれるとは、選択肢が多いということであり、選択肢が多ければ、おいしい料理との遭遇の機会は、それだけ増えると考えていい。アメリカの料理はおいしい。ポテトがおいしいからだ、とまず言っておこう。

 日本でのポテトはどんな状況にあるのか。「せいぜい、じゃがいもの煮ころがしや、挽き肉とじゃがいもを甘辛く煮たやつや、マーケットのポテト・サラダや、肉屋で買ってくる冷えたコロッケや、どちらかといえば夢のない、いかにもお総菜風の扱いでしかなかったポテト」と、伊丹さんは嘆いている。

 いまもこれとほとんど変わらない。唯一の変化は、フレンチ・フライという言葉とその実体が、もはや日本のものと言っていいほどに普及したことくらいだ。フレンチ・フライにくらべると、たとえばマッシュド・ポテトというもの、そしてそのような食べかたは、まだほとんどない。

 一九七三年にアメリカで出版され、一九七六年に日本語訳が出版された『ポテト・ブック』は、「決してただの料理の本とは思ってないんです」と伊丹さんは言う。「いわば、アメリカ文化そのものが、自分の家の台所に出現した、というふうに感じるわけなんですね。この本自体が、私にとってはアメリカの旅なんです」

 アメリカ文化そのものである『ポテト・ブック』を日本語に翻訳するにあたって、「訳文は徹底的に日本語化する努力を傾けたつもりです」と訳者は言う。意味と語り口を伝えることに力点を置いた結果、「原文の、英語特有のドライな簡潔さを失うことになりました」ということなのだが、その代わりに読者たちは、伊丹さんの日本語で語られる、アメリカのポテト料理の数々を、自分たちのこれからの文化として、読む幸福を手に入れる。実際に作って食べるなら、食べるという文化も手に入る。

 マッシュド・ポテトを皿の上で富士山のかたちに作り、頂上は噴火口のような窪みにしておき、スロープにはまっすぐに、出来るだけ平坦に、滑り台のような溝を作る。頂上の窪みにグレイヴィーを注ぎ、あふれるとスロープの溝を流れ下る。そこにグリーン・ピーをひとつ、指先で慎重に落とすと、緑色のピーは茶色のグレイヴィーに運ばれて、白い斜面の溝を滑り落ちていく。

 こんな遊びから僕のポテト好きが始まり、じつに多様なポテトの食べかたを楽しんでいるが、『ポテト・ブック』に序文を寄せた作家のトゥルーマン・カポウティが、そのなかで書くポテトの食べかただけは、いまも彼の文章で読んでは堪能している。

出典:『週刊朝日』2015年5月1日号


2018年5月18日 00:00