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報道だからこそいまも魅力を失っていない

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〈書評〉木村伊兵衛著木村伊兵衛のパリ ポケット版

 パリのパリらしさをよく知っている日本女性に、本書『木村伊兵衛のパリ』を見てもらった。彼女は木村伊兵衛の名を知らないわけではない。彼が撮影した日本の職人や戦前の東京の街頭スナップなど、見たことはあるはずだ。しかし一九五四年、五五年のパリを彼が撮ったカラー写真は、初めて見る。

「的確です」と彼女は言った。「六十年前も現在も変わることなくそこにあるパリらしさを、正面から見事にとらえています」

 ファインダーのなかに対象をとらえてシャッターを切り、うまく撮れた、という手応えがあったとき、「粋なもんですよ」と言うのを木村は口癖のようにしていた、とかつて僕はどこかで読んで記憶している。

 旦那芸に悦に入っている人の言葉、という誤解を招きかねないが、木村伊兵衛が最初から最後まで志したのは、報道写真だった。最近の日本人の日本語力の低下ゆえに、いま報道写真と言うと、きわめて狭い範囲の写真をぼんやりと思い描く人は多いだろう。主観にひたることを表現と称する人たちの対極で写真を撮り続けた人、という理解だけが、木村への入口として機能する。

 木村がパリに赴いて撮った写真は、六十年前のパリを報道している。自分が撮った写真について木村が言ったことをいま読むと、いつ、どこで、なにを、どのように撮るか、にかかわる技術だということが、わかる。パリがそのときもいたるところに持っていたパリらしさをなんとか引き出して写真にしよう、といったことに腐心する必要はまったくなかった。パリのパリらしさは、フランス革命の頃から、すでにそこにあった。

 これをいま撮ろう、と木村が判断した被写体に対して、木村がおこなったのは、その被写体に関してもっともふさわしい写真撮影の技術を当てはめ、応用することだった。そのような技術の一例を、たとえば二十九ページの写真に僕は見る。

 一九五四年にモンパルナス付近で夜に撮ったものだ。この写真について木村は次のように言っている。「ゴーストップを中心にしてまとめたもので、このままでは、画面が散漫なので、手前に自動車のテールランプの赤を入れ画面をひきしめた」

 画面が散漫なのは木村の責任ではない。そこにレンズを向ければ、そのような景色があっただけだ。しかし手前の影に沈んだ部分に、スロー・シャッターゆえに赤い横棒として流れたテールランプを、このタイミングで写真のなかにとらえることが出来るか出来ないかは、技術の決定的な分かれ目となる。

 パリらしさという本質は、あらゆる時にあらゆる場所で、さまざまなかたちとなって無限に表出される。ひとつの場所でいくつかの要素が集合すると、統一感のある景色を作り出す。それが木村の被写体だ。いつ、どこで、ということに関しては、撮影につきあったロベール・ドアノーに預けた、と言っていい。では木村は、なにを、どのように撮ったか。

 ボルドーのワインを売る店と、その前に停めて野菜を売る荷車、そして店の左側にいる地元の女性たちふたりの景色は、このときのパリ、そしてそこに生きた人たちの景色だ。誰もが、どこでも、パリらしさのただなかにあった。

 女性たちふたりのたたずまいと表情は、撮影する木村のかたわらにいたはずのドアノーに対して、地元の人たちが抱いていた愛情であり、木村はそのおこぼれにあずかった。一〇二ページそして一〇三ページにまたがる写真は、ドアノーの手助けという信じがたい幸運が、パリを初めて訪れた異邦人の木村に手渡したものだ。

 パリらしさとは、そこに生きる人たちの日常だ。初めてのパリで木村は、それを報道する写真を撮った。だからこそ、それらの写真は、いまでも魅力をいっさい失うことなく、そこにあり続ける。

出典:『週刊朝日』2015年3月13日号


2018年5月16日 00:00