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遺構の下には歴史の論理が埋まっている

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〈書評〉丸田祥三 写真と文東京幻風景

『東京幻風景』という題名のなかにある、幻、というひと文字は、安易にみつくろった言葉のように思えなくもない、と僕は余計な心配をする。幻風景とはどのような意味なのか、著者が「はじめに」という短文のなかで説明しているから、紹介しておこう。

「幻かと見まがう」素敵な光景、それが幻風景だ。かつては現役で大活躍を続けた建造物あるいは鉄道列車などが、あるとき現役を退き、なんらかの都合で長い期間にわたってそのままに放置され、いまは廃墟となっている風景が、いつもの生活圏のなかという場所に思いがけなく存在していることを知り、その風景へと出向いて対面すると、著者の目の前には「幻風景」がある。そのような風景が四十七カ所、それぞれ見開き一点ずつのカラー写真に短文を添えて、本書のなかに収録してある。ページを繰っていく読者も、「幻風景」に出会うことが出来る。

「この本の写真は、ぜひしっかりと見開いてご覧ください。ギュッと開いても大丈夫な製本をしています」と、目次の前のページの左上に印刷してある。写真集あるいはそのように呼んでいい本に、このようなただし書きが印刷されているのを見るのは、少なくとも僕にとっては、本書が最初の体験だ。

 高輪消防署二本榎出張所。旧多摩聖蹟記念館。国立天文台の第一赤道儀室。横浜のフランス領事官邸跡。旧花輪小字校記念館。五日市線武蔵五日市駅高架下。旧JR中央線大日影トンネル。昭島市の初代新幹線0系。幻のような光景に、後処理した色が重なっている。その色は著者の心情なのだろう。「丹念に歩くと、東京近辺はまさに心洗われる風景の博物館のようでした」と著者は書く。

 昭島市の団地の公園のなかに、市の図書館の分館として改装された新幹線の0系が置いてあり、新幹線としての現役期間よりも長く、子供たちの図書館として、いまも働いている。

 0系は新幹線の開業とともに登場し、一九八六年まで製造されたシリーズだ。老朽化がはげしいという理由で、一九七六年から廃車が始まった。昭島で図書館になっているのは一九七三年製だという。

 現物をまぢかに見ても幻としか言いようがないはずだが、「PLフィルター使用。現像時にコントラストをアップ。シャドウ・ハイライト調整を使用。全体の彩度をアップしています」という仕上がりでページに印刷されているのを見ると、幻はその純度をさらに高めているように思える。

「務めを淡々とこなし、退役し、埋もれ行く数多の遺構」が語りかけるのは、そのなかに文字どおり埋まっている歴史だ。歴史のなかには論理の糸が張り渡されている。その糸をたぐれば、思いがけないところに、しかも生活圏のただなか、あるいはすぐ近くに、幻が見つかる。

 戦争に関連した遺跡を探すとき、著者は地図のなかに「平和」という文字、つまり平和という言葉のついた地名や街路を、探す。なぜなら戦争中のそこはまったく平和ではなく、戦後の復興期になって、かつての軍事産業の道路が、平和通りになった、という歴史の論理があるからだ。このような論理の糸のたぐりかたを、著者は長い経験のなかで、自分の内部に無数に蓄積させているに違いない。遺構や廃墟の姿をいま写真で見るとは、それらの建造物が如何なる歴史のなかをたどっていまそこにあるのかを、知ることだ。

 四十七点のなかから僕の好みでベスト・ワンを選ぶなら、栃木県宇都宮市で撮影したという、ドライブインの廃墟だ。大谷石の産地にあり、大谷石の岩盤が建物の一部にめり込んだ構造だ。昭和三十年代に開業し、売店、浴場、宴会場、展望台などがあった。ときたま少女の衣装で登場するモデルの女性が、展望台に立っているのを見たい、と僕は思う。

出典:『週刊朝日』2014年7月18日号


2018年5月7日 00:00