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三角形は不思議で美しく、そして怖い

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〈書評〉細矢治夫著三角形の七不思議

 僕がまだ学童だった頃、支給されたのかそれとも買ったのか、良き学童が持つべき学用品が何種類かあり、どれもみな平々凡々たるもので学童の興味は惹かなかったが、ふたつでひと組の三角定規だけは別だった。このふたつの三角定規は、どこか変だった。なんのために、どう使うものなのか。なぜ三角形がふたつなのか。遊び道具としては不十分つまり遊べず、いつまでたってもなじめないのが、ふたつの三角定規だった。

『三角形の七不思議』という本を読んで、以上のような遠い昔のことを思い出した。文房具の本を二冊も作った僕は、材料を買い集めたとき、ドイツ製の美しいデザインの三角定規ふたつのセットを手に入れた。それを探してみたがどこにも見つからなかった。買った店はなんとなく覚えている。さっそく買わなくては。そしてふたつを手に取り、しげしげと観察して、いまの自分はなにを思うか。

 丸や四角はとらえやすい。そういうものとして、理解出来る。しかし三角形は、とらえにくい。自分にはとらえきれていない部分があるのではないか、という思いが不安を誘う。そこになにか深い謎があるのではないか。とらえきることの出来ない正体不明の薄気味の悪さ。それが僕にとっての三角形だ。

 確かに三角形は不思議な性質を持っているようだ。奥は深い。美しい、とすら言っていい。すべての図形の基本は三角形だという。人間の文明が図形の集積だとしたら、その文明はひとつの三角形から、ある日ふと、始まったのだ。これは怖い。

 三角形には七種類ある。どんな三角形もこの七種類のうちのどれかだ。そしてこの七種類の三角形をひとつずつ、合計で七つ、ひとつの長方形のなかに、まったく隙間なしに、ぴったりと収めることが出来る。これは怖い、と僕はふたたび言う。

『三角形の七不思議』というこの本を、僕は多くの人に勧めたい。たとえば出張で新幹線に乗った人なら、発車を待たずにイカクンと缶ビールのあと、靴を脱いで寝てしまうのではなく、発車したあとはしばらく車窓の景色に視線をのばし、そのあとやおら鞄から『三角形の七不思議』を取り出し、三角形の不思議さに気持ちを集中させるといい。

 アポロニウスの窓。ナポレオンの三角形。ピタゴラスの三角形。アルベロスの円。二等辺ヘロンの三角形のペア。アイゼンシュタインの三角形。これらについてなにひとつ知らないままに過ごす人生に懐疑の念を向けるためにも、ぜひ『三角形の七不思議』を手に取り、ページを開いてみてはどうか。

「正三角形」という、おそらく小学校で学ぶ言葉を、英語で言えますか。エターナル・トライアングル、つまり直訳して「永遠の三角形」とは、なになのか、知っていますか。「赤三角」とは、いったいなにでしょうか。英語で言うなら、Red Triangleだ。「三角貿易」を英語で言ってみましょう。遠い昔の学用品にあったふたつひと組の三角定規、と冒頭で僕は書いたけれど、試しにこれを正確に言うと、ひとつは四十五度の直角二等辺三角形、そしてもうひとつは、直角の角のほかにふたつある角が、三十度と六十度の、直角三角形、となる。

 その昔、クラスの学童たちはみなおなじ三角定規を持っていたから、たとえば四十五度の二等辺三角形の定規が四つあれば正方形がひとつ出来る、というような遊びを休み時間にしたものだ。八枚使うと正八角形がひとつ出来るのを見るのは、ちょっとした発見の瞬間だった。おなじ三角形八枚で八枚羽根の風車が出来るし、まんなかに正八角形の穴をあけると、風車を広げていくことも出来る。

 三十度と六十度の三角定規ではもっと複雑に遊べる。この三角形に、著者の周囲ではドラフターという名前がつけられているのを知って、僕はいま幸福だ。

出典:『週刊朝日』2013年11月15日号


『週刊朝日』 片岡義男の書評
2018年4月30日 00:00
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