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塩田も遊園地も…絶滅の景色が浮かぶ

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〈書評〉今尾恵介著地図で読む昭和の日本

 明治時代の終わり近くに整備が進み、平成に入っても続いていた日本国家の営みのひとつに、国土地理院が発行している一万分の一縮尺の地形図がある。地形はもちろんそこに記録されているが、その地形をそこに住んだ人たちが時代ごとにどのように利用したかが、詳細に記録されている。国土をどのように利用してそこからどんな富を引き出すかは、日本の国が始まって以来、途絶えたことのないもっとも重要な主題だ。

 一万分の一縮尺の地形図は、それを描くにあたって守られている約束事を知っているなら、日本のあらゆる地域を、きわめて興味深く読むことが出来る。地形図は時代ごとの日本を描き出している。表現されているディテールは驚くほど細密で生き生きとしている。「はじめに」と題された二ページのなかに、次のような美しい文章がある。この美しさは地形図というものが生来的に持った美しさだろう、と僕は思う。

「たとえばある住宅地に生垣で囲まれた屋敷があり、その隣には煉瓦塀の工場がある。中では水車動力が用いられていた。その水車を動かす水は、中小河川にバイパス水路を穿って引かれている。その傍らには一本杉か何かの独立針葉樹の記号。その隣の神社には石灯籠が一対。石段を上がった社殿の前には湧水を受ける池が澄んだ水を湛えている」

 地形図とは、一例としてこんなふうに読むことの出来る、その土地ごとの歴史の描写なのだ。「それぞれの地形図から読み取れる情報は無数にある」とこの本の著者は書く。読めば景色が目に浮かぶ。明治から絶えることなく続いている、日本の近代化の歴史を語る景色だ。

 地形図として表現されたある地域を、たとえば太平洋戦争に日本が敗戦した年から始めて、三十三年おきに三枚の地形図を揃えてそれらを子細に読みくらべるなら、敗戦の年からつい昨年までの日本のある地域を、三十三年おきに定点観測するのとおなじ効果を、ひとり自宅に居ながらにして、享受することが出来る。

 戦後の日本は技術革新に支えられた人海戦術による経済の拡大の歴史だ。その歴史がそのとおりに地形図の定点観測で読めてしまう。あまりと言えばあまりだから、いっそのこと明治までさかのぼり、そこから定点観測をすると、近代化を最大の目標として突進とそれにともなう激変を繰り返して来た日本とはなにだったか、有無を言わせずじつによくわかる。明治時代には海と複雑微妙に一体化した干潟が広がり、自然環境との共生の証ででもあったかのように、塩田の広がっていた美しき日本の景色は、高度経済成長の昭和たけなわの頃には、干潟はかたっぱしから埋め立てられて巨大な遊園地となり、塩田は跡形もなく消えた。さらに時代が進むと、次に跡形もなく消えたのは遊園地であり、そこには高層の団地がぎっしりと地表を埋めて建っている。

 日本全国から選択された二十八の地域の、過去から現在までの変化の様子が、地形図による定点観測の結果として、記述されている。どの地域の記述も、添えてある地形図の複製を参照しながら、尽きることのない深い興味のうちに読み進むことが出来る。

 遠い過去の地形図に描き取られた景色が、想像のなかに立ち上がる。それが時代をへて現在へと激変を重ねていく。さらなる激変のための余地は、もはやないように僕には思える。さきほど書いた明治時代の干潟と塩田の歴史のなかで、塩田は完全にその姿を消し、干潟はほんの一部分が残ってはいるけれど、消えたも同然の絶滅の危機にある。

 時代が過ぎ去って鉄道は廃止され、線路は取り払われて久しいが、その線路の線型のままにいまは道路がある、という景色をルーペごしに僕は地形図の複製のなかに見る。激変の果てにある地形の未来とは、きっとこのような景色だ。

出典:『週刊朝日』2012年12月21日号


2018年4月16日 00:00