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うちの山にいた五人の私立探偵

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 五冊あるペイパーバックのどれもが、私立探偵を主人公にしている。私立探偵が一人称で語る物語を、ふと読みたくなるときがある。一冊読むと二冊目を読みたくなる。あとを引く。だから三冊目を読み、もう一冊、さらにもう一冊と、あっと言うまに五冊を読んだ。一人称だから読みやすい、ということはあるだろう。そしてどの私立探偵も、きわめて個性的であることは確かだった。

 この半世紀のあいだに僕のペイパーバック・コレクションは一万冊をゆうに越えた。その大きな山の、いちばん山裾のはじっこで見つくろった五冊だ。意図して選んだ五冊ではなく、まったく偶然にこのような取り合わせになった。一万冊の山のなかから、私立探偵の物語を選び出したなら、それはそれで結構な容積の、堂々とした山になるはずだ。そのうち取り組んでみよう。

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 ダグラス・ヘイズの『ザ・キル』は一九八五年の作品だ。この作家が一九六十年代なかばに出版した処女作を、二十五、六歳の頃の僕が翻訳した。ハヤカワ・ポケット・ミステリのなかに、『ザ・キッス・オフ』という原題で入っている。長いこと絶版のままだから手に入れるのはかなり難しいという。この『ザ・キル』は彼の三作目で、舞台は一九三八年のLA、そして主人公を務める私立探偵の名はレイ・リプレーという。

 一九三八年といえば、銀行強盗で知られたジョン・ディリンジャーが、ものすごく暑い夏の日、シカゴのバイオグラフという映画館を出て来たところで、FBIの男たちに射殺されて四年後だ、というようなことが冒頭に書いてある。このとき射殺されたのはじつはディリンジャーではなく替え玉だった、という説がかなり強力に流布したようだ。替え玉が射たれているあいだにディリンジャーは逃げおおせ、以後はようとしてその消息は知れず、どこかで静かに天寿をまっとうしたとされている。そのディリンジャーが、やはりこんなところで生きていた、というかたちで『ザ・キル』に登場する。物語じたいは、なにがどうなっているのか、読みながら図式を正確に描いていかないと、よくわからない。しかしディリンジャーが登場してからの展開は面白い。笑わせる語り口は悪くなかった。

 ジョン・ルッツの『ブラッドファイア』はフロリダを活躍の場とする、フレッド・カーヴァーという私立探偵の物語だ。五冊とも一人称だとさっき僕は書いたが、それは僕の勘違いで、カーヴァーは三人称で書かれている。脚の状態が良くないカーヴァーは、杖をついて脚を引きずって歩く、という設定だ。古いオールズモビールのコンヴァーティブルに乗っている。「カンヴァスのトップを降ろして走っているから、彼を中心にして風は逆巻き、髪を盛大に逆立てるはずだが、そのような髪は彼の頭にはもうない」というようなひと言が面白かったりする、少しだけ斜に構えた文章だ。事件の背景にあるのは麻薬取引で、フロリダらしい状況のなかで迎える大団円まで、まあなんとか読めるけれど、事件の発端の現場となるコンドミニアムの描写とか、DEAの係官の描写などの的確なひねりのほうを、僕は興味を持って読んだ。

『ロンリー・ストリート』は一九九四年に刊行されたスティーヴ・ブリューワーの処女作だ。主人公を務める私立探偵ブッバ・メイブリーはアルバカーキーのルート66沿いにある、砂漠のそよ風モーター・イン、という名のモーテルの一室に住んでいる。彼のお母さんの父親は、一九三八年、俳優のオーソン・ウェルズがマーキュリー・ラジオ劇場という番組で、火星人が地球に攻めて来た、というドラマを現実味たっぷりに放送したとき、それを聞いて驚きのあまり、ニューヨークのホテルの窓から下の道路に落下して命を落とした人であり、あの有名な放送が原因となって死亡した唯一の人として名を残した、というくだりが冒頭にある。ブッバの一人称の語りは、事件の展開を語ると同時に、その展開を笑いにつなげる意図を持っている。私立探偵の一人称の語りと笑いの関係は、これから私立探偵ものを読むとき、視点のひとつとして興味深く機能するはずだ。

 エルヴィス・プレスリーは死んではいない、生きている、という設定の上に立つ物語で、そのエルヴィスが物語のなかに登場する。エルヴィスに依頼されるちょっとした仕事を、私立探偵のブッバは、一時間三十ドルで引き受ける。作者のブリューワーは、この第一作のあと、おなじ私立探偵を主人公にして、『ベイビー・フェイス』という作品を書いた。その後、どうなったか、少しだけ気になる。

 マキシーン・オキャラガンの『ヒット・アンド・ラン』は一九八九年の作品だ。デライラ・ウェストという女性の私立探偵が主人公で、彼女の活躍する地域はカリフォルニアのオレンジ・カウンティだ。かつては農業の天国で果樹に咲く花の香りが風に乗っていたが、いまそこに匂うのは銭と強欲とぶっ殺しであり、どのシトラスの樹の下にも殺された人が埋まっている、と裏表紙の宣伝コピーが言っている。

 私立探偵のデライラは、仕事のパートナーであり恋人だったジャックという男性を、仕事にからんだ銃撃戦で失い、心のなかに大きな穴があいた状態でいる。仕事はなんとか食いつないでいくことは出来ても、部屋は家賃が払えないから引き払い、ワン・ルームの事務所のフロアに寝袋で寝ている、というような生活だ。崩れそうになる自分を強がりで支えている彼女の一人称による語りは、雑に読みとばすことなく細心にディテールを拾っていくと、心象の描写や記述として面白い部分がたくさんある。

 冷たい雨の降る夜、寂しい場所で轢き逃げを目撃するところから、デライラは殺人事件に巻き込まれていく。事件の真相は物欲や金銭欲が人を殺すという、昔からよくあるミステリー小説の枠のなかに、やや小さく収まっている。八十年代終わり頃のオレンジ・カウンティと古風なミステリーとのあいだにある落差のなかに、作者は主人公を置いている。おなじ主人公による他の作品があるのかどうか、調べてみよう。

 S・J・ローザンの『冬と夜』は二〇〇二年の作品で、これがペイパーバックになった頃には彼女にはすでに十冊近く作品があった。ニューヨークを本拠にするビル・スミスという白人男性の私立探偵と、仕事上でのゆるやかなパートナーである、リンダ・チンという中国系の女性のふたりが活躍する。

 町の高校のフットボールが町ぜんたいの生きがいのようになって久しいという、きわめてアメリカ的な状況を背景に、金曜日のフットボールの試合で銃を乱射することを計画した生徒が、その目的を達するかどうかが、この物語のサスペンスの発生源に設定されている。コロンバインの高校で実際に起きた乱射事件をヒントにしたのだろうか。その町の高校フットボールの過去に向けて、現在の事件の謎解きが二十年さかのぼったりするのは面白いと思うのだが、とにかくありとあらゆることが中道的な図式の枠にはまってそこから出ないので、おなじ展開が何度も繰り返され、それをそのつど追っていくのが、探偵たちの思考とアクションとなってしまう。

 食堂の壁に青いネオン管でEAT HERE-GET FAT(ここで食べて太りなさい)とサインが出ている描写や、You a pain in the ass, too? と言われてYes.と答えるやりとりなど、細かなとこがときどき面白かった。

出典:『Free&Easy』2008年4月号


2018年3月7日 00:00