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「イン・コールド・ブラッド」

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トゥルーマン・カポーティに関して僕は晩生(おくて)だった。二十歳のときに『ア・クリスマス・メモリー』という短編を読み、これはすごい、という強い感銘を受けたのだが、「これ」とはなにか、「すごい」とはどういうことなのか、といったことをその時その場で自分なりにつき詰めて考える、というようなことはいっさいせず、そのままカポーティの作品には接することがないままに、二〇〇六年の冬まで来てしまった。

 彼のペーパーバックは一九六十年代のものからすべて持っている。それ以後も、版が変わって表紙が新しくなったりするたびに、目につくかぎり買ってはおいた。そして『ア・クリスマス・メモリー』から四十数年をへてようやく、僕は『イン・コールド・ブラッド』を読んだ。日本語に翻訳されたときの題名では『冷血』という作品だ。読んだきっかけは、この作品のいちばん新しい版のペーパーバックを買ったことだ。表紙に使ってある写真を眺めているうちに、ふと引き込まれて読み始め、引き込まれたまま最後までいっきに読んだ。

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 こりゃあすげえや、という感想を僕は持った。僕としては最高に高い評価の言葉だ。そしてこの『イン・コールド・ブラッド』を読んですぐに、仕事の関係で偶然にも、『カポーティ』という映画を見た。フィリップ・シーモア・ホフマンがカポーティを演じた映画だ。この映画のなかで描かれているカポーティは、『イン・コールド・ブラッド』の材料となったカンザス州で起きた殺人事件について、ニューヨークの新聞で読む前後から、その殺人事件の最終的な局面、つまりふたりの実行犯が絞首刑になるのを、見届けたあたりまでのカポーティだ。だから当然のこととして、この映画のなかのカポーティは『イン・コールド・ブラッド』のカポーティであり、『イン・コールド・ブラッド』の副読本的な絵解きとして、僕にはたいへん興味深いものとなった。

 一九五九年の十一月、カンザス州のホルカムという田舎町で、地元の名士であり裕福な農場経営者夫妻が、長男そして長女とともに惨殺される、という事件が起きた。金品の強奪が目的だったようだが、奪った現金は五十ドルに満たなかったし、四人の殺されかたは惨劇そのものでありながら、どこか奇妙でもあったという、発生当初は大きく謎をはらんだ殺人事件だった。

 この事件を報道しているニューヨークの新聞記事を、カポーティが切り抜く場面が映画『カポーティ』にある。「これが僕の次の作品の材料になるんだ」などと言いながら、彼はその記事を切り抜いている。ほどよい長さの、二コラムかせいぜい三コラムの記事だ。その時点で公表されたことはすべて書いてあったとしても、それは事件の表面的な概要であり、肝心なことはまだなにもわかってはいない段階だった。殺すことになんの意味もないように見えながら、殺しかたそのものは冷酷無比である、目的のはっきりしない殺人事件という現実の事実に、カポーティの非凡な才能は、記事を見た瞬間、自分にとっての材料としての可能性を、見抜いたのだろう。「これを僕が書けば、ノン・フィクション・ノヴェルという、画期的な作品になるんだよ」と、親しいつきあいのある編集者にカポーティが語る場面もある。

 画期的な作品とは、まずなによりも先に、彼自身にとって画期的である、という意味だったろうと僕は理解している。『イン・コールド・ブラッド』を読み、映画『カポーティ』を観たあと、僕にとっての小さなひとつの謎が解けた。二十歳の僕が、なぜ『ア・クリスマス・メモリー』を読んだのか、という謎だ。一九五八年あるいは五九年に、『ティファニーで朝食を』という作品に三つの短編を加えた、スリムな単行本が刊行された。その本がなぜだか自宅にあり、いちばんおしまいに収録されていた『ア・クリスマス・メモリー』を、僕はなんとなく読んだのだ。

 さきほども書いたとおり、『イン・コールド・ブラッド』の材料となった事件は、一九五九年に起きた。その事件を伝える新聞記事をカポーティが切り抜いたのも、おなじ年のことだ。『ティファニーで朝食を』という作品は、たいへんな評判になったと記憶している。その評判は当時の日本にも伝わっていた。しかし、一冊の本にまとまった『ティファニーで朝食を』は、一九五十年から十年近い期間のなかで書かれた、四つの作品で構成されている。『ティファニーで朝食を』という短編ないしは中編が、なぜ評判になったのか、その理由がいまの僕にはわからない。面白いと言うならそう言ってもいいかなあ、という程度の出来ばえだ。主人公であるホリー・ゴライトリーのような女性が、ニューヨークには本当にいるのだと人々は勝手に思い込み、彼女が作中でおこなっているような日々の過ごしかたに、驚いたのではなかったか。『ア・クリスマス・メモリー』以外のふたつの短編、『ハウス・オヴ・フラワーズ』と『ア・ダイアモンド・ギター』はおたがいにどこか似ている。そしてそのふたつは、『ティファニーで朝食を』に、どことは言いがたく似かよったところがある。この三つにくらべると、『ア・クリスマス・メモリー』は、少しだけ違っていて、現実に体験したことを正確に記述している、という印象がある。なんらかの体験を発想のための核心ないしは種のように作用させ、そこからストーリーを導きだし、それを想像力でふくらませていく、というスタイルで短編を書いていくことに、一九五九年も終わりに近い頃のカポーティは、限界を感じていたのではないか、と僕は空想してみる。『ティファニーで朝食を』の単行本を手に、十年かかってこれじゃあなあ、と彼は困ったのではないか。自分とはまったく関係のないところに存在するひとつの事実を題材に、その事実についてのみ記述していくスタイルで言葉を使い、その結果として、小説のように読むことの出来る長編を作り出す、という可能性について思案していたからこそ、カンザス州の田舎で起きた不可解で残酷な殺人事件に対して、カポーティの内なる天才は、一瞬のうちに、そして決定的に、閃いたのではなかったか。

 カポーティが自ら取材し、執筆のための時間も含めて五年近くをかけて完成させた『イン・コールド・ブラッド』は、文句なしの傑作だ。材料はノン・フィクション、そして読んでいくときの面白さは、まさに最高のフィクションだ。取材者として、そして記述者として、カポーティ自身が一人称で全編にわたって登場するのかと僕は思っていたが、そのような思いは愚かな間違いなのだと、痛感させられた。

 事件に関するすべてが終わったあと、知り得ることすべてを知った人の、どちらへも傾くことのない、完璧な中立さという究極の三人称で、正確きわまりない言葉で、なおかつ可能なかぎり奥行き深く、カポーティは事件とその顛末を描き出す。取材したのは彼自身だし、材料をこのように配列したのも、そしてそれをこのように記述したのもカポーティ自身なのだから、究極の三人称は究極の一人称でもあるはずだ、と僕は思う。こんなふうに言葉を使いきったなら、それ以後の人生は作家としては余生になったとしても、不思議はないようにも僕は思う。

出典:『Free&Easy』2007年4月


2018年2月9日 00:00