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「ベイト・アンド・スイッチ」

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 この連載の第三回目で、バーバラ・エイレンライキの『ニッケル・アンド・ダイムド』というノン・フィクションをとりあげた。そのすぐあとに翻訳が出た。いくら働いても生活の状況は劣悪さを増していくだけという、最低賃金以下で仕事をしなければならない、いまのアメリカのワーキング・プアの実態を、著者が自分で体験してレポートした、二〇〇一年の作品だ。

 おなじ著者による二〇〇五年の作品である、『ベイト・アンド・スイッチ』を今回は紹介する。今年にペーパーバックとなり、僕はそれを半分ほど読んだところだ。題名となっているベイト・アンド・スイッチという言葉は、おとり商法、という意味の定型的な言いかただ。おとり商法にはいろんな手口があるけれど、もっとも基本的なのは、これほど優秀な商品がこんなに安い、というかたちをとる。ほんとうにそれほどまでに優秀なものなら、そんな安い値段で買えるわけがないのだとすると、安さに比例した粗悪品をつかまされるだけであり、あり得ないほどに安い値段が、おとりとして機能している。いまのアメリカでアッパー・ミドルクラスの一員として生きていくためのホワイトカラー・ワークから失職したあと、ふたたびそのクラスに戻るために、いかにしてそれにふさわしい職を手に入れるか、というテーマの体験ノン・フィクションだ。

 著述家としてすぐれた実績がたくさんあり、高い評価を獲得しているバーバラが、今回も嘘にならない程度に現実の自分をカモフラージュし、結婚前の旧姓を使って、失業して求職中の中年ホワイトカラー女性という疑似的な自分となり、求職活動を始めていく。さて、そこから彼女はどんなことを体験していくのか。「アメリカン・ドリームを追い求めることの虚しさ」という副題が示すとおり、求職活動の日々はその隅々まで、空疎さをきわめている。最低賃金で生きていかなければならないワーキング・プアとは別の世界だが、それゆえに、どこまでもつきまとう虚しさは手が込んでいる。求職者がほんとうの自分を徹底して消し去り、企業社会から求められるイメージどおりの人へと、自分を適応させ順応させていく過程のぜんたいを、著者はおとり商法と呼んでいる。

 どこかのなんらかの企業に雇用され、その組織のどこかでなにかを仕事として給料をもらい、それによって自分と家族の生活を支えつつ持続させてきたホワイトカラー・ワーカーが、ある日のこと解雇されて失業者になるのは、大変なことだろう。それまでの自分は給料によって維持されてきたのだから、失職して給料が入らなくなるのは、自分がいっきに自分ではなくなることを、これ以上ではあり得ないほど具体的に、意味する。

 この状態に対処するだけでもひと仕事だ。職は見つからない。自信は喪失する、不安はつのる、意気消沈する、気持ちはふさぐ、鬱になる。無収入という厳しい現実がそこに乗っかる。生活の質が目に見えて低下していく。気持ちはさらに萎える。こうなってしまった自分を、求めてやまないどこかにあるはずの職と釣り合う自分へと、作り直していかなくてはならない。求職者がまず取り組むのは、いまのアメリカでは、こういう作業であるようだ。

 求める職にまっすぐにつながるような、求職者として乗るべきレールの王道にふさわしい人へと、失業者は自分を作り換えなくてはいけない。なにを実現させるもさせないも、すべては当事者であるその人の、個人としての意志の力にかかっている、という考えかたはアメリカにいまも根強くある。状況に自分が左右されるなんてとんでもない、自分の運命をどのようにどこへ導いていくか、すべての責任は自分だけが負う、という考えかただ。勝者を讃えるとき、この考えかたはたいそう便利だ。彼は、あるいは自分は、自分ひとりの力だけで、いまここにあるこの勝利を手に入れた、というアメリカン・ドリームの基本がここにある。

 では、失業中の自分を、いかにして勝者とするか。失職したままの、したがっていまのところ敗者としてとらえるほかない人の、性格、ものの考えかた、行動のしかたなど、あらゆる領域にわたってその欠点をあげつらい、これでは勝者になれっこないよ、自分を変えなきゃあ、と説く自己啓発の本やセミナー、集会、コンサルティング、テストなどが、求職者たちを顧客として、アメリカでは産業になっている。

 勝利を自分の力で引き寄せるためには、勝者の考えかたと態度によって、自分を可能なかぎりポジティヴに拡大すべし、という方針をレジュメ(履歴書)書きにあてはめるコンサルティング講座を、ひと月に百ドルで三か月にわたって受講した結果、よく出来ました、これこそレジュメです、と評価されるようなレジュメを冷静に観察すると、ほんとうの自分とは似ても似つかない、嘘すれすれの誇大広告された自分が、そのレジュメのなかにある。企業が今日のうちにも雇いたくなるような人、というイメージへいかにして自分を作り換えるか。アメリカでのホワイトカラーによる求職活動は、これにつきるようだ。

 人は外観がすべてである、という考えかたも、企業社会に受け入れてもらうための変身術と、まっすぐにつながっている。企業のなかでいかなる命令も受けとめ、求められている役割を演じ、どのような順応も適応も即座にこなして維持し、どんな時流にも合わせていける人という、企業にとって理想的な人のイメージのいちばん外側にあるのが、その人の外観、つまり服装や態度、言葉づかい、持ち物などだ。受け入れてもらえる人としての外観が、その人のすべてであるとき、その人が受け入れてもらえる可能性は、もっとも高くなる。

 どこかの企業に雇われて給料をもらう、という職業人生をいろんな角度からコーチする商売は、一九七十年代にはすでにあったという。ということは、この頃から、企業は自分の組織を可能なかぎりスリムに保つ、という方針を実践してきたことになる。必要なら人材を採用する、そして必要ではなくなったら、余計なものとして解雇する。技術が進歩したから昔のような人海戦術はもはやあり得ないと同時に、人件費は高騰していくいっぽうだから、経費を削減したくなった企業にとってもっとも簡単な方法は、比較的に高い給料を取っているミドル・マネジメントを解雇することだ。かくてホワイトカラー・プロフェッショナルの層に失職者が絶えず、やや高い位置の管理職は、その職業人生において、平均して少なくとも十回は、失職と再就職を繰り返すのがごく普通のことになる。

 再就職のための自己啓発セミナーを受講したバーバラは、そのセミナーの経営者で講師も務める男性に、PRパーソンとして自分をぜひとも採用するよう売り込むことを思いつき、実行に移す。職業人生コーチという自己啓発商売を、求職者である自分が受け身のままに受けとめるのではなく、自分をPRの専門家として採用するよう、強力に売り込む相手へと、逆転させてみせる。売り込もうとしている自分が、ほんとうの自分とはかけ離れていることを嫌悪しつつも、彼女が説得力を発揮する様子には、興味深いものがある。

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出典:『Free&Easy』2007年1月号

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2018年2月2日 00:00
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