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キャデラックで見たこんな夢

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 キャデラックはアメリカが作った最高の乗用車だ。乗用車というものが、技術的にやるべきほとんどすべてのことを、キャデラックはやってきた。だから内容的にキャデラックは最高という範囲に入る。そしてステータスもまた、最高という範疇のうちだ。これだけ最高なら価格は高い。金持ちが買う。急に金持ちになった人たちも、そのおかねでまずキャデラックを買った時代が、つい昨日まであった。金持ちはなにげなくキャデラックを買うのだが、急におかねを持った人たちは、勢いこんでキャデラックを買った。キャデラックという乗用車の基本的な性格が、そのあたりにあらわれている。

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 鶏と狼とが同時に生存競争をするのが、民主主義のアメリカだ。多くの鶏が負けていく。狼だって負けるから、うかうかできない。勝ち残った人たちには狼が多い。結果の不平等というまことに健全なシステムは、勝った人たちを大金持ちにする。その大金で彼らは、キャデラックをなにげなく買う。勝ち残った大金持ちとは、いったいなになのか。一九六十年代の雑誌に掲載された、キャデラックの広告写真にそのことへの回答があるから、よく観察するといい。

 いくら勝ち残ったとはいえ、いくら大金持ちとはいえ、その彼らをこうして写真で再現すると、彼らは要するに単なる富裕層の、最高位あたりにいる人たちにしかすぎない。こうした最高富裕層の、さらにその先にあるべき層、つまり貴族階級というものを、キャデラックは夢に見ていた。なんとかして貴族階級というものを作りたいという見果てぬ夢は、キャデラックを生み出した。キャデラックがあればそこに貴族階級が発生するか。答えは広告写真にある。キャデラックの広告写真のなかに演出されたアメリカの貴族階級は、民主主義を支える合理精神が自然発生させる、気さくさそのものではないか。これほどまでに気さくな人たちを、貴族階級と呼ぶことは出来ない、と僕は思う。キャデラックは貴族階級を作れなかった。

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 出張帰りの旦那を奥さんが出迎える。川のなかの釣り人に橋の上から語りかける。プライベート・ロードという標識のある広い敷地内に立つ、ごくありきたりの郵便受けまで、奥さんみずから郵便物を取りに来る。使う乗用車がいかにキャデラックでも、笑うほかない気さくな庶民性ではないか。そしてこの気さくがじつは、貴族的と言ってもいい、たいそうつきあいづらくてやっかいな世界を、アメリカらしく包み隠しているのだが。

出典:『Free&Easy』2001年8月号


『Free&Easy』 アメリカの色とかたち
2017年12月29日 00:00
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