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ペプシを飲めと彼女が言った

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 銀河系のなかに浮かんでいる地球における、宇宙という大自然と直結した時間は、螺旋状に循環ないしは反復している。ただし、人間という生き物のDNAに仕込まれた老化のプロセスは、いったん過ぎ去ったなら二度と戻らないという種類の、わかりやすくたとえるなら直線のような時間のなかで、機能している。老化のプロセスは、人間がおこなうあらゆる営みの、根幹だ。人の時間が直線状態で経過しては消えていくのとおなじく、人の営みの大部分もまた、過去のものはただ過去でしかなく、直線で進んでいく時間のかなたへと、遠ざかっていくのみだ。

 一九六十年代なかばのアメリカで雑誌に掲載されたペプシコーラの広告を観察していると、往きてふたたび返ることのない時間、というものをめぐる感慨に、しばしひたることが出来る。三十数年前、あのアメリカで、ペプシコーラがこんなふうに広告された事実が、確かにあったのだ。三十数年をつい昨日ととらえるか、それとも、遠い遠い昔として認識するか。どちらでもいいようなものだと思うかもしれないが、正解はひとつ、それは遠い遠い昔なのだ。

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 十人十色を文字どおり絵に描いて、この当時のアメリカ女性の最高到達点が、絵画でこそ可能になる美化や理想化のなかで、提示してある。ペプシコーラのあるくつろぎのひとときの主役を、彼女たちは務めている。グラスに一杯のペプシコーラを飲むために、少なくともこのくらいの設定や演出は不可欠である、という強迫観念のなかの出来事だ。

 彼女たちは暇そうに見える。一杯のペプシコーラをいかに飲むかが、一日の仕事だったのではないか、と思えるほどだ。仕事を持っていたなら、なにしろ当時のことだから、せいぜいが会社の重役秘書程度ではなかったか。彼女たちの時間はとっくに過ぎ去った。では彼女たちはもうどこにもいないのかというと、そうでもない。六十年代なかばに十代だった女性は、いま四十代のなかばだ。少なくとも重役の秘書以上の仕事を維持し、自分のありかたも生活の内容も、ある程度以上に整った生活を続けてきた女性なら、この絵に描かれているような雰囲気を残照のように保っていることは、充分に可能だ。そんな女性たちが、アメリカのそこかしこに、いまも存在している。自分が人生のなかで獲得した最高のアイディアであるかのように、ペプシコーラを勧めてくれる女性たちだ。

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出典:『Free&Easy』2001年3月号


『Free&Easy』 アメリカの色とかたち
2017年12月20日 00:00
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