アイキャッチ画像

言葉を捨てた人たちの便利機能満載機種

縦書きで読む

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 僕はいまこの文章をオアシス・ライトのもっとも初期のワープロ(以下、WPと略す)を使って書いている。どこを捜してもいまはもう見つけることの難しい旧タイプのものだが、短いエッセイを書くにはこれで充分なので、いまでも使っている。使いはじめて十年ちかくになるけれど、一度も故障していない。ただし、現在は故障寸前のようだ。液晶の表示は八文字しかない。記憶容量は六十行だ。いっぱいになると、ゆっくりした速度でプリント・アウトする。電源は電池だ。そして紙は感熱紙を使っている。

 文章を書いていくときには、僕は頭のなかで書く。紙に手書きする場合も、そしてWPで記憶装置のなかにためていく場合でも、そのことに変わりはない。紙に文字を書いたりWPのキーを打ったりするのは、頭のなかに刻々と生まれていく文章を、目に見えるかたちにするための最終的な作業にすぎない。だから液晶の表示は、八文字でもいっこうに不便ではない。

 書いた文章がかたっぱしから見えなくなっていくのだが、これに関しても僕はなんの不便も感じない。どうしても見たくなれば、逆むきに八文字ずつ呼び出して見ることは可能だが、僕はまだ一度もそのようなことをしていない。頭のなかに生まれたときすでに、文章というものの九十何パーセントかが、その段階で完成しているはずだ。

 キーボードと別体になった大きなスクリーンを見るのは、僕は好きではない。いつも使う二十字詰めの行が二十行、印字とおなじ大きさで、確定するはじから出て来るスクリーンがあるといいかなとも思うけれど、どうしても欲しいというものではないようだ。

 小説の原稿は、いちばん初期のオアシス・ライトのさらに次のモデルである、オアシス・ライトKというWPを使って書いている。こちらは記憶容量が百五十行だ。これをA4の感熱紙に一枚三十行ずつ、五枚にわたってプリント・アウトする。四百字詰めの原稿用紙に換算すると七枚だ。プリント・アウトの時間は、ちょうどいい小休止となってくれる。表示は二十字ほどが二行で出てくる。同音異義語と打ちまちがいの確認のほかには、僕は表示を見ない。

 そして僕はWPのキーを右手だけで打つ。打つと言うよりも、つまびく。両手を使うと手首や腕、肩、胸などが耐えがたく窮屈だ。それに僕は、片手は遊ばせておくか、なんとなくほかのことをしているか、あるいは頰づえをついているかのいずれかが、子供の頃からのスタイルだ。だからWPのキーは右手だけで打つ。これしきのことに両手が拘束されるのは嫌だ、という気持ちも強い。キーを打つ速度は相当に速い。

 オアシス・ライトKは三台持っている。操作のまちがいだったかもしれないが、百五十行すべてが消えてしまったことが一度だけあり、だからそれはもう使わないことにして、おなじモデルの新品を買った。そしてさらにもう一台、予備として買った。このときには、いつも僕の偏った注文をきいてくれる電気店に全国をくまなく捜してもらい、ようやく一台手に入れた。店頭で新品として買える最後の一台だったのではないだろうか。

 字詰めをいちいち設定しなくても基本的に二十字ときまっていて、確定するはじから二十行ずつ縦にプリント・アウトしてくれるWPがあったらいい、と僕は思う。業界用語で言うところの棒ゲラを作るための手助けをしてくれる装置だから、それ以外の機能はいっさい必要ではない。余計な機能のかわりに、変換がいまよりはるかに洗練されたものになるといい。日本語というものをもっときちんと扱った変換だ。洗練と言えば、ついでにぜんたいのデザインや質感も、大きく向上するといい。いま出まわっているものは、あまりにグロテスクで貧相だ。いまの日本にぴったりだと言えば、ほんとにぴったりでもあるのだが。

 日本語によるコミュニケーション、つまり日本語の機能とその正しい使いこなしかたは、これから時代が進むにつれて、大問題となって社会のまえに立ちふさがるはずだと、僕は思う。言葉というもの、そしてその正しい使いかたが、これほどまでに軽視されおとしめられている国は、ほかにない。言葉がなかったら人間はなんにも出来ないはずなのに、言葉をかたっぱしから捨てているのがいまの日本だ。

 普通の人たちがなにごとかを的確に表現していくためのトレーニング道具のひとつとして、WPにはたいへんな可能性があると僕は感じている。普通の文章をストレートに書く作業に徹したWPの、素晴らしいスタンダードの登場を僕は夢に見ている。コミュニケーションの中心は、すくなくとも人間が人間であるかぎり、言葉が果たす。言葉への信頼を失った社会は、その社会に対する外からの信頼を失う。言葉というものに関して、いまの日本は相当にきわどいところまで来てしまった、と僕は直感している。

底本:『ノートブックに誘惑された』角川文庫 1992年

今日のリンク|1978年9月26日、日本初の日本語ワープロが誕生

日本初の日本語ワードプロセッサー(東芝未来科学館のサイト)

1978年9月26日、東京芝浦電気(現・東芝)が日本初の日本語ワードプロセッサー「JW-10」を発表。それまで入力手段は英数字・カタカナに限られていたが、「JW-10」が採用したかな漢字変換方式は漢字入力を可能にし、その後のコンピュータにおける日本語処理の土台となった。


『ノートブックに誘惑された』 コミュニケーション ワープロ 書く 言葉
2017年9月26日 00:00
サポータ募集中