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ビーチコウミング・フォ・ジャパニーズ・グラス・フロウツ。なんのことだか、わかりますか。

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『ビーチコウミング・フォ・ジャパニーズ・グラス・フロウツ』という本をぜひ紹介したい。ビーチコウミングとは、海岸を歩いていろんなものをひろい集めること。グラス・フロウツは、ガラス製のフロウト、つまり、うきのことだ。

 日本の漁船が太平洋側の近海で、あるいはずっと沖で、魚をとるために海に網をはる。この網には、フロウトがいくつもついている。この網に海のなかで魚がひっかかるようにしておくには、フロウトがぜひ必要だ。どんな魚をどのような網でとるかによって、ガラスのフロウトの形や大きさがちがってくる。小さなものだと、ゴルフ・ボールよりも小さなものから、直径二〇インチをこえる大きさのものまで、いろいろだ。このガラスのフロウトは、とてもしっかりできた網の中にくるみこまれ、魚をとる網に結びつけてある。くるみこんでいる網が破れたり、ひもが切れたりすると、ガラスのフロウトは、網を離れ、太平洋を波まかせで漂流しはじめる。

 黒潮に乗ると、アメリカの太平洋岸までもいってしまう。アラスカ、カナダ、ワシントン、オレゴン、そしてカリフォルニアの太平洋岸の海岸に、丸いガラスのフロウトがたどりつき、打ちあげられる。これを、ビーチコウミングしてひろい集めることが、かつてとてもぜいたくなホビーとしてアメリカ人たちのあいだに流行したことがある。エイモス・L・ウッドという人が書いたこの本『ビーチコウミング・フォ・ジャパニーズ・グラス・フロウツ』は、日本の漁船の網から離れた丸いガラスのフロウトをアメリカの太平洋岸でビーチコウミングすることだけについて専門的に詳しく書いた唯一の本だ。写真もたくさん入っている。著者のエイモスはシアトルのボーイング航空機会社で仕事をしているエンジニアだ。日本のグラス・フロウトにとりつかれて以来、熱心なビーチコウマーとなり、いまでは世界有数のコレクションを持っている。奥さんや子供たちといっしょにビーチコウミングしては体験的に得た知識を数年がかりで一冊にまとめたのがこの本だ。グラス・フロウトのことを知りたくて、問い合わせの手紙を日本のエンペラー(天皇)にまで出したという。ビーチコウミングという、とてもアメリカ的なホビーについて書かれた、きわめつき的な本であることにまちがいはない。

 日本の海岸を歩いてもゴミが落ちているだけだが、アラスカやカナダの太平洋岸は、熱心なビーチコウマーにとっては絶好のハンティング・グラウンドだ。まず、ドリフト・ウッド(流木)の多さにびっくりする。一本が日本なら何万円もしそうな丸木が、ごろごろと重なりあって打ちよせられている。大木の根っことか、どこから流れついたのか、マホガニーの分厚い板とか、たくさんある。ビーチコウミングを自分の生き方にしてしまっている本格的な男たちは、このドリフト・ウッドで海の近くに自分の家をハンドメイドでつくってしまう。趣味のいい、プロフェッショナルな細工の、見るからに住み心地の良さそうなハンドメイド・ハウスだ。

 ながい時間をかけて太平洋の波間をさまよい、人里はなれた岸に打ちあげられてさらに何年もすごした大木の根のようなドリフト・ウッドは、いかなる彫刻をもこえた芸術品だ。プロのビーチコウマーたちは、こんなものをひろってきて美しく仕上げ、インテリア・デコレーションとして金持ち相手のアンティークやキュリオ・ショップに売る。そしてそのおかねで生活する。

 日本の魚網についている球形のグラス・フロウトは、ビーチコウマーたちの宝だ。北アメリカの太平洋岸でこのグラス・フロウトが最初に見つかったのは、記録にあるかぎりでは一九一八年だったという。

 日本近海から台風や地震によって網を離れたグラス・フロウトは、黒潮によって北アメリカにむかう。フィリピンのルソン島のちかくから日本列島へ北上してくる黒潮は、房総半島の沖で北から来た親潮とぶつかり、時計の針まわりに大きく方向をかえつつ、日本を離れる。そして、やがて、北アメリカに達する。

 アラスカのセント・ポール・アイランド。アラスカ湾に面した一帯。カナダのクイーン・シャーロット・アイランズ。それにヴァンクーヴァー・アイランド。ワシントン。オレゴン。カリフォルニア。このあたりが、グラス・フロウトの見つかる場所だ。北アメリカに達した黒潮は、カリフォルニア北部からおなじく時計の針まわりに赤道にむかうカリフォルニア海流に姿をかえる。

 詳しい地図を何枚も手に入れ、人のいかないかくれた小さな海岸をいくつも見つけだす。海流や海岸ちかくの潮の流れをこまかく研究し、グラス・フロウトの流れつく可能性の高い地点をあらかじめひろいだしておく。そして、太平洋の天気に気を配る。嵐の明けた朝などに、狙いをつけた海岸へ出かけていく。うまくいけば、グラス・フロウトがいくつも見つかる。砂浜に押し寄せる波に乗り、大きなグラス・フロウトがゴロンとひとつ、海岸にタッチする信じがたい瞬間を目撃することもできる。

 グラス・フロウトの色は、ブルー・グリーンがいちばん多い。そのほかに、乳白色のもの、透明なもの、ダーク・ブラウンのものなどがある。いまでも球形のフロウトは用いられているけれど、ガラスではなくプラスチック製だ。色は黒やオレンジが多いようだ。乳白色のグラス・フロウトは、一箇所だけオレンジ色をにじませたように変色していることがときどきある。これは、ビーチコウマー用語でサンバーストと呼ばれていて、非常に珍重されている。なぜサンバーストができるのか、その理由はよくわかっていない。太平洋を漂っているあいだに、たとえば水爆実験の放射能を浴び、瞬間的にオレンジ色に染まるのではないか、などと言われている。

 カリフォルニアのロング・ビーチに住んでいる、ラルフ・マクガウ夫妻のグラス・フロウト・コレクションは世界一だ。四〇〇〇個以上ある。集めたフロウトは、そのまましまっておいたり室内の飾りにしたり、親しい友人にプレゼントしたりする。キュリオ・ショップに売ることもある。グラス・フロウトの人気はとても高く、にせ物がキュリオ・ショップに出まわっている。にせ物は、ガラスが薄い。太平洋の波にはとても耐えられない。

 砂浜でひろってきたグラス・フロウトが、どこから来たどんな種類のものなのか、ビーチコウマーたちは研究する。エイモスの場合は、青森の北洋硝子という会社の社長さんの協力が大きかった。自分のところでつくっているグラス・フロウトのパンフレットや、製造工程を撮影した写真を、社長さんはエイモスのところに送ってくれた。その写真が、本におさめてある。とても珍しい。溶けたガラスを長い吹き棒のさきにつけて、人間が口で吹いて丸い球にするのだ。

 グラス・フロウトには、刻印してあるものもある。たとえば一九六八年にワシントン州の海岸でエイモスが見つけたフロウトには「宮古」という刻印があった。エイモスはこれをミヤコすなわち「キャピタル・シティ」だと解釈しているが、宮古は港町の名前。いろんな日本語の刻印をエイモスは分析しているが、まちがいがたくさんあって面白い。

 ハワイや北アメリカの太平洋岸で、人の家に招かれたり、シー・フードのレストランに入ったりすると、日本のグラス・フロウトがよく飾ってある。ぼくがシアトルのレストランで見たのには、「八戸」と刻印がしてあった。そのとき、仏教を研究している黒人青年といっしょだったので「あの刻印は日本の北にある町の名前だ」と教えてあげたら、彼は、そのグラス・フロウトのさらなる長寿を、まじめに合掌して祈っていた。

底本:『5Bの鉛筆で書いた』角川文庫 1985年

今日の1冊|Amos L. Wood, Beachcombing for Japanese Glass Floats, 1985

20170922_ビーチコウミング本


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2017年9月22日 00:00
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