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占領とヌードル・スープ

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 小さな空き箱がひとつあれば、それを道具にして子供はさまざまな遊びを工夫することが出来る。空き箱ではなくてもいい。なかになにかが入っている箱なら、外側の箱だけではなく、なかにあるものを使っても、子供は遊ぶ。三方の壁に奥行きの深い棚が鴨居まであるだけの、納戸のように使っている部屋に入ると、その棚はまるで商店のように、アメリカの商品でいつも埋まっていた。いろんな物があったのだろうと思うけれど、子供の僕にとって印象が強かったのは食品だ。食品は箱や袋、あるいは缶に入っていた。袋はさほどでもないのだが、箱と缶は、遊び道具として使いでがあった。

 リプトンのヌードル・スープの、赤と黄色のボール箱は、なぜかいつもたくさん棚に積み上げてあり、配色が目につきやすかったという理由もあったのだろう、何度も僕の遊び道具となった。箱にはいろんなことが印刷してあり、それを読んでは覚えたり、わからないことは解き明かしたりすると、それだけでも遊びとして充分に成立した。

「どのパッケージからでも四人前から六人前を作ることが出来ます」というような意味の英語の表示は、遊びを始めるにあたってのおまじないのように機能した。「四人前」はフォー・サーヴィングスと言う。「三パッケージ入り」「デリシャス・アンド・エコノミカル」「七分で出来上がり」「ア・プリペアード・スープ・ミックス」など、おまじないの文句はさまざまにあった。パッケージとは、この場合は袋のことだ。ひとつの箱のなかに袋が三つ入っていた。そのひと袋で、四人前から六人前のヌードル・スープが出来た。ひと袋の値段が当時のアメリカでは十セントだった、という事実を人に聞かされた僕は、いまでもそのことを覚えている。ひと袋で四人前から六人前だから、あいだをとって五人前にすると、一人前は二セントになるというような、初歩の算数もこの段階では楽しいものだった。エコノミカルとは、節約になります、というほどの意味だ。ひと袋が十セントだが、三袋入りのひと箱は、二十七セントだったりしたのではないか。

 プリペアされたスープ・ミックスとは、調合済みスープの素、とでも言っておこうか。要するにすべての材料を乾燥させて粉末にしたものだ。袋の下のほうに印してあった「コンテインズ」という一語に続く内容物を読んでいくと、ハイドロジェネイテッド・ヴェジタブル・オイルとか、ディハイドレイテッド・パースリーといった材料があり、乾燥させた、という意味のディハイドレイテッドという言葉を、六歳の子供がこうして知ったりするわけだ。チキン・ファットやパウダード・チキンという材料も列挙されていたから、見た目の黄色さと味そして香りの主体は、チキン・スープだったのだ。

 生産者としてコンティネンタル・フーズという会社名があげてあった。こういう名称の会社もあるのかと、六歳の子供は彼なりに感銘を受けたりもした。スープ・ミックスの正式な名称は、リプトンズ・コンティネンタル・ヌードル・スープというものだった。ヨーロッパふうなのだろうか、と思うまもなく、さらに箱に印刷されている小さな文字を読めば、コンティネンタル・フーズはリプトン・ティー・ファミリの傘下である、というようなことがわかったりした。紅茶、イギリス、ヨーロッパ、チキン・ヌードル・スープとつながっていくと、きわめてぼんやりとしたものではあっても、そこに世界というものが浮かび上がり、それは次に別の世界と遭遇するにあたっての、準備段階として機能した。

 棚にあるヌードル・スープの箱すべてを遊び部屋へ持っていき、儀式としてまず全部の箱を積み上げることが、しばしばあった。そのいちばん下にある箱を、横からさっと一瞬のうちに抜き取り、積んであるいくつもの箱は倒れずそのままに残る、という遊びは友だちも好んでいた。いちばん上の箱を軽く手で押さえておき、下の箱を抜き取るタイミングに合わせ、ほんの少しだけその手に力をこめて箱の列を押さえると、積み上げてある箱は崩れないことを発見した。いちばん下の箱を友だちが抜き取ろうとするとき、この発見を応用すると、友だちは見事に下の箱を抜き取ることが出来るのだった。いちばん下の箱を蹴り飛ばして列からはずし、積んである箱は無事に保つ、というヴァリエーションも面白いものだった。前に向けて蹴るよりも、足の内側を使って真横に払うようにすると、積んである箱は倒さずにすむことが多い、という発見もあった。蹴るのは箱の長い辺ではなく、短い辺のほうが効果的だった。

 輪投げではなく箱投げという遊びもあった。箱をまずひとつ、ほどよい距離のところに投げる。その箱の上に載って落ちないように、次の箱を投げる。僕ひとりで六つまで重ねたのが、最高の記録だった。三つ重なった箱の上に、四つめの箱を縦に載せる、という離れ業を友だちがおこなったとき、それは子供の目には奇跡のように見えた。箱を開いてなかのものを出し、箱を平らにして遊ぶ。あるいは四角い箱を丸い円筒にしてフロアに立て、それに向けて袋を投げ、うまく箱に入るか入らないかで遊ぶ。糊づけしてある部分をすべて剥がすと、四角い箱は一枚の長方形のボール紙となった。こうなるとあとは切るほかなく、おもてと裏を切り離して糊づけすると、おもても裏もおなじ一枚のボール紙となり、そこからさらにほんのちょっとでいいから細工が出来たなら、それは空き箱を使ったアートになっただろう。

 袋を破いてなかにあるものを点検し、試しにスープを作って食べてみるのは、最後に残された遊びだった。香りの強い黄色い粉末は奇妙なものだった。砂でもなければ砂糖や塩でもなく、小麦粉でもない不思議な粉だ。ぜんたいに散っている緑色の小さな塵のようなものは、ディハイドレイテッド・パースリー、つまり乾燥パセリだ。ヌードルは直径が一・五ミリ、長さは平均して四センチほどの、まっすぐな細い芯のようなものだった。一リットルの水を沸騰させ、そこにひと袋のスープ・ミックスを入れる。そのまま煮立てて七分で出来上がり、ということだったが、もう少し時間がかかったような記憶がある。ほとんどおなじチキン・ヌードル・スープのミックスに、クノールというブランドのものもあり、いまの僕にある記憶はそれと混同しているかもしれない。

 友だちがふたりいれば、軽くおかわりして二杯飲んだとして、ひと袋がちょうど適量だ。たいへん好きでいくらでも飲む友だちと、口に入れたとたんに吐き出して顔をしかめる友だちと、両方いたのもいま思うと不思議なところだ。僕は好きでも嫌いでもなかったが、スプーンのひとすくいを口に入れた瞬間、自分のあらゆる部分に広がって浸透する味と香りと質感は、これはまさにいまここだ、という感概があった。まさにいまこことは、占領下の日本、というような意味だ。

 チキン・ヌードル・スープを飲んで、これこそアメリカだ、と思うような単純さは、僕には最初からなかったようだ。リプトンのプリペアード・スープ・ミックスの味と香り、そして質感を作り上げていたのは、エッグ・ヌードル、塩、チキン・ファット、粉末チキン、葡萄糖、ホイート・スターチ、ハイドロジェネイテッド・ヴェジタブル・オイル、炒めた玉葱の乾燥したもの、各種スパイスといった材料だが、一体となったそれらが七分間の調理のあとに到達したヌードル・スープを口に入れ、飲み込むとは、六歳の僕がその五感のすべてを駆使して、ヌードル・スープを受けとめる営みにほかならない。その営みの結果として、わずか六歳といえども、ああ、ここはいま占領下だ、と思うわけだ。

 瀬戸内海に接した中国地方の、田舎町とも言えないほどに素朴な場所に住んでいた僕の周辺には、敗戦直後の、したがってその意味ではきわめて牧歌的な、絵に描いたような日本があった。それだけならそれでもいいのだが、僕の個人的な事情として、きわめて近いところにアメリカがあり、そのアメリカは戦争に負けた日本を占領している連合軍の中心となる軍隊、そしてそれに付随する組織や人たちだった。

 そのアメリカから、アメリカ文化のさまざまな断片が、幼い僕の身の上に、いっせいにこぼれ落ちて来る。それがチキン・ヌードル・スープであろうと英語のほんのちょっとしたひと言であろうと、僕に降りかかってくるところまでは確かにアメリカなのだが、それを僕が受けとめると、僕と化合して化学変化が起こり、その変化はひとつにまとまり、ああ、僕はいま占領された国にいる、という認識を生み出した。

底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 二〇〇五年

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『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』 アメリカ 占領 戦後
2017年8月20日 00:00
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