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『ハナ子さん』一九四三年(昭和十八年)(1)

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 映画の冒頭、タイトルよりも先に、「撃ちてし止まむ」という言葉が画面に出る。この言葉を僕は知っている、しかし、どのような経過をへて世のなかに出た言葉なのか、背景はまったく知らない。しかし調べればすぐにわかる。一九四三年の二月、「撃ちてし止まむ」という言葉をポスターにデザインしたものが、一般に配付されたそうだ。映画の冒頭で画面に出るのは、それとおなじもの、あるいは映画用に少しだけデザインされなおしたものなのではないか。敵との戦争を徹底的に戦おう、というような意味だ。

 一九四三年の一月、ニューギニアの日本軍が全滅した。二月にはガダルカナル島から日本軍は撤退した。四月には連合艦隊司令長官の山本五十六が、ソロモンの上空で戦死した。日本軍の暗号を解読したアメリカ軍によって、待ち伏せされた結果だという。十一月にはマキン島とタラワ島で、日本軍は全滅した。十二月、徴兵適齢がそれまでの二十歳から十九歳へ引き下げられた。兵隊は大量に死んでいく、もっとかき集めろ、ということだ。

「みなさん! この映画の気分で! 明朗、健全、唄って張り切りませう!」というのが、この映画『ハナ子さん』の宣伝コピーだったそうだ。この映画の気分で、明朗に健全に張り切って歌で元気をつけ、戦争の遂行を全面的に支持しましょう、ということだ。毒にも薬にもならない、という言いかたがある。『ハナ子さん』という作品だけをいま検討するなら、それはまさに毒にも薬にもならない。しかし、この映画を見て元気づけられ、張り切った人は多かったのではないか。結果として、かなりの毒として作用したのではないか。

『ハナ子さん』の主人公であるハナ子さんは、二十歳を出るか出ないかの年齢の独身の女性だ。住宅地のなかの、いま見ても多くの人がうらやましいと思うような、庭のある一戸建ての家に、健在な両親とともに住んでいる。兄の奥さん、そして彼ら夫婦のまだ幼い息子も、いっしょに住んでいる。おばあさんもいる。そして二階には、五郎さんという独身の青年が部屋を借りて住んでいる。兄は出征兵士として戦場にいる。彼の幼い息子の愛称は部隊長という。

 二階の五郎さんとハナ子さんとは、すでに相思相愛の仲だ。早く結婚したい、とふたりは思っている。ハナ子さんのお父さんは、ゆっくりでいいよ、青春を楽しみたまえ、などと言っている。そのお父さんを説得して、ふたりは結婚する。別の一軒の家にふたりで住み、新婚の生活を始める。五郎さんは会社に勤めているサラリーマンだ。

 ハナ子さんは妊娠する。やがて臨月が近くなる。ハナ子さんの物語は昭和十四年から十六年にかけてのものだと、映画の初めに説明の言葉が出る。東京がアメリカ軍の爆撃機で攻撃を受けている夜、いよいよ生まれそうになる。東京が空襲を受けた最初は、歴史年表によれば昭和十九年のことになっている。マリアナから飛んで来たB—29による空襲だ。映画のなかの設定と現実の時間とは、合っていない。マリアナから飛んできたB—29は、日本本土を空襲したのち、マリアナまで飛んで帰った。B—29にはそれだけの航続性能があったからだ。

 それ以前、日本の近くまで来た空母から、空軍のよりも航続距離の長い陸軍のB—25爆撃機を発進させ、日本を攻撃したあとそのまま中国の基地まで飛んでいくという空襲がおこなわれた、という話をずっと以前に誰かから聞いて僕は覚えている。調べてみるとこの空襲は昭和十七年の四月のことだ。『ハナ子さん』のなかの設定は、この空襲とも整合しない。空襲の場面が特撮でほんの少しだけ出て来る。アメリカ軍による東京の空襲を予測して作った場面だろうか。

 五郎さんに召集令状が届く。軍隊に出頭して兵士になり、戦場へ赴けという絶対の命令だ。会社の事務室の、吹き抜けになった二階への階段の上から、いってまいります、と五郎さんは挨拶する。同僚たちは万歳を三唱する。生まれたばかりの幼子とともに、ハナ子と五郎は公園のような場所で、三人だけの楽しいひとときを過ごす。その場面で映画『ハナ子さん』は終わっている。

 宣伝コピーのなかにある「健全」とは、戦争を支える銃後の日常生活の、いまの基準で言うなら退屈な真面目さのことだ。そして「明朗」は、幼稚とも言えるし素朴とも言える、だからなんと言えばいいのか迷ったあげくの、幼稚さと素朴さとの中間にある、やはり退屈で真面目なユーモアを意味している。このような「健全」と「明朗」のふたつが、歌という卵でとじてある。そしてこの「健全」と「明朗」のなかに、厳しい統制と検閲の下で娯楽映画を作ろうとするとき、どうしても入れておかなければならないものが、ぜんたいの調子にふさわしく、ごく軽くごく淡く、敷きつめてある。

 ハナ子さんの兄が出征していること、そして彼の幼い息子が家庭のなかでは部隊長と呼ばれていることは、すでに書いた。歌とともに披露される「健全」で「明朗」なユーモアがどの程度のものなのか、ひとつだけ書いておこう。

 かなり広い空き地の片隅に、向こう三軒両隣という感じで、何軒かの民家と商店のセットが作ってある。ハナ子さんの住む家もこのなかにある。商店の列がおもてにあり、その角を曲がって奥へ入っていくと民家がならんでいる、という配置だ。

 ある日のお昼どき、商店の店主は焦げくさい匂いに気づく。これはなんの匂いだろうと思って鼻をくんくん言わせ、彼は気づく。ご飯の焦げる匂いだ。隣の名刺屋から漂って来るらしい。彼は名刺屋の店先へ走り、「名刺屋さん、飯が焦げてるよ」と叫ぶ。名刺屋が出て来て、「名刺が焦げてるのですか」と聞く。「メーシじゃないよ、メシだよ」と言われた名刺屋は、あっと気づいて店の奥へ走る。

 そしてご飯の釜を持って外へ出て来る。ご飯はみごとに焦げている。「どうしたらいいでしょう」と名刺屋は言う。「食べるほかないね」「これをですか」「焦げたのは胃にいいんだよ」名刺屋は店のなかへ引っ込む。初老の名刺屋はまだ独身らしい。「早くかかあを持たせなきゃ駄目だよ」と、隣の店主は言う。そして『隣組』の歌を、近所の人たちが歌う。「ご飯の炊きかた垣根ごし、教えられたり教えたり」というような歌詞の歌だ。

(2へつづく)

底本:『映画を書く──日本映画の原風景』文春文庫 二〇〇一年

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2017年8月8日 00:00
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