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評論

『東京五人男』一九四五年(昭和二十年)

 一九四五年の七月、日本に対して連合国側から、降伏してはどうかという勧告があった。ポツダム宣言だ。日本の海軍は戦争の終結を望んでいた。陸軍は本土決戦を唱え、首相はポツダム宣言に対して、ただ黙殺するだけだ、という態度を取った。黙殺するだけだ、という乏しい言葉でさまざまな意味が相手に伝わるのは、日本語を母国語として共有している人たちの、日本国内だけだ。国外、つまり国際社会に出たとたん、黙殺するだけだというひと言は、戦争の続行にかける強い意志の表明として、解釈される。
 八月六日に広島、そして九日には長崎に、原爆が投下された。…

底本:『映画を書く──日本映画の原風景』文春文庫 2001年
初出:『映画を書く──日本映画の謎を解く』ハローケイエンターテインメント 1996年

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