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平和の記念写真

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20170807_平和の記念写真

 このふたつの光景それぞれに、心惹かれるものがあった。だからこそ僕はそれらを写真に撮ったのだが、撮る行為は反射的なものだった。なぜ自分は心惹かれるのかについてはなにも考えないまま、現像の出来たフィルムは適当にファイルし、そのまま忘れてしまった。

 それから数年後のいま、そのフィルムをライト・テーブルに置いてルーペごしに観察すると、この光景こそ幸福というものではないか、と思う自分に出会うことになる。平和が当然のことのように続いているなかで、いつもとなんら変わることなく営まれる日常というルーティーンの、おそらく最小単位と言っていい幸福のディテールだ。

 平和でなければこんな光景は絶対に写真に撮れない。東京が何年にもわたって戦場となった果てに、あらゆる建物は焼け落ち倒壊し、復興の希望などどこにもない無人の廃墟でしかないとき、このような光景は焼けたり溶けたりして跡かたもないか、瓦礫の山の下に埋もれているかのどちらかだ。写真機だけを持った僕が吞気に撮り歩く、ということもあり得ない。

 そこに平和はないのだから日常生活はあるわけなく、したがって平和の最小単位である安心出来る毎日という幸せな個人的光景も、ありっこない。平成という時代の底へと向かう傾斜の途中で、東京をひたしていた平和の記念写真だ。

底本:『ホームタウン東京──どこにもない故郷を探す』ちくま文庫 二〇〇三年

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『ホームタウン東京──どこにもない故郷を探す』 平和 日常 東京
2017年8月7日 00:00
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