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アイランド・バウンド

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 その島は、上空から見ると、ジェリー・ビーンズのようなかたちをしている。太目になりかけた三日月の、上下両端のとがった部分を丸くしたかたちだ。

 小さな島だ。青い海のうえの、濃い緑色の三日月だ。環礁の一部分だから島の周囲を浅瀬がとりかこんでいる。浅い部分では海の色が淡く、もっと浅くなると海底がすけて見える。三日月の内側は、大部分が、輝く砂浜だ。

 島ぜんたいに、熱帯の樹が、うっそうと茂っている。小さな島から海のなかへ、こぼれ落ちそうなほどだ。

 その濃い緑のなかに、小さな建物が点々と見える。たいていは、民家ないしは別荘だ。

 遠い水平線まで見渡すかぎりいっぱいに、透明な強い陽ざしが充満している。今日もまた快晴の、午後になったばかりの時刻の、強い陽ざしだ。広い海の波のひとつひとつが、そして小さな島に生えている樹の一本一本が、その陽ざしのなかで鮮明に輝いて見えた。

 青い巨大な空の広がりのなかに、白い雲の小さなかたまりが、ところどころ浮いていた。陽ざしをうけてまっ白に輝くその雲は、いまにも白く燃えだすかあるいは溶解しそうに見えた。

 双発のビーチクラフトが、その島にむかって飛んでいた。赤いアクセントのきいた白い機体は、島の手前の突端にある滑走路にむけて、高度を落としつつ浅い角度で進入していた。

 島の手前の突端から海にむけて、まぶしく輝く砂浜が広がっている。砂浜が終るところから、島にくっついている長いしっぽのように、浅瀬がつづく。浅瀬のうえでは、海の色は、ごく淡いエメラルドの色だ。

 滑走路は、この砂浜に、つくってあった。まわりの海あるいは島のたたずまいが持っている自然さにくらべて、滑走路の細長い長方形は、いかにも人がつくった人工物のようで、はかなげに見えた。

 ビーチクラフトは、さらに高度をさげた。三日月のかたちをしたこの島の、むこう側の突端からすこしはなれた海のなかに、ぽつんとひとつだけ、小島がある。島をつくるとき、神がとりこぼした小さなかけらのような島だ。

 この小島が、手前にある本島の山にかくれて見えなくなるほどに、ビーチクラフトは低く降りてきた。

 主翼の両端そして垂直尾翼ぜんたいがまっ赤に塗ってある白いビーチクラフトは、真上から太陽の光を浴びていた。

 海面のうえを機体の影が走り、やがてその影は浅瀬の水ごしに海底のうえを走った。

 浅瀬が終ると機体の影は輝く砂浜のうえに飛び出し、そのあとすぐに、ビーチクラフトは滑走路に着地した。主脚のタイアが接地した瞬間、陽ざしのなかに白い珊瑚礁の砂がぱっと舞いあがり、散った。

 滑走路のなかばをすぎたあたりで、ビーチクラフトはとまった。エンジンが停止し、プロペラの回転がとまると、その瞬間、ビーチクラフトは、よくできた模型のような風情になった。

 胴体のドアが開き、白い服を着た男がひとり、滑走路に降りた。

 三人の乗客が、ビーチクラフトを降りた。三人のうち二人は若い女性で、さきに降りた白い服の男が、機内から降りる彼女たちに手をかした。

 白い服の男は機内にもどり、三人の乗客は滑走路から広い砂浜を斜めに横切り、緑の林がせまっている島の縁まで歩いた。

 砂浜からその林のなかの道に入るまで、三人はいっしょに歩いた。影の多いその道に入ると、男女ふたり連れをあとに残し、もうひとりの女性がさきにたち、足早に歩いていった。

 袖なしの白いワンピースを、彼女は着ていた。余計なもののいっさいないその服は、彼女によく似合った。背丈の充分にある、すっきりとシャープにひきしまった体の美しさを、なんの変哲もないつくりの服が、無理なく引き出していた。

 白いハイヒール・サンダルをはき、強化プラスチック製の簡素なアタッシェ・ケースを右手にさげていた。

 かさなりあった枝や葉のあいだから射してくる陽に、淡くくすんでいる彼女の金髪が、ときたま、輝いた。

 三日月のかたちをした島のほぼ中央を、道路が蛇行している。その道路をひとりで歩き、彼女は滑走路がある側とは反対側に出た。一五分、かかった。

 わき道にそれて坂道をあがり、小高い丘の頂上ちかくまで、来た。

 深く樹にかこまれて建っている一軒の建物に、彼女は入った。よく見れば凝ったつくりだということのわかる、木造の建物だ。この小さな島に何軒かあるレストランのうちの、彼女のお気に入りの一軒だ。

 何人かの客がおそい昼食をゆっくり食べているメイン・ダイニング・ルームを抜け、彼女はテラスに出た。

 板張りの広いテラスには、木製の椅子とテーブルがいくつも置いてあった。テラスのいちばん外側まで歩いた彼女は、テーブルにひとりで席をとった。彼女の位置から、樹のあいだをとおして、海が見えた。その海のなかに、可愛らしいおまけのような小島が、ぽつんとひとつ、顔を出していた。

 ウエイターが、彼女のテーブルまでゆっくり歩いてきた。テーブルのわきに、おとなしく、彼は立ちどまった。

 彼を見上げて、彼女は微笑した。

 そして、自分がいま飲みたい飲物を注文した。

 エクストラ・ドライのホワイト・ラムを、ロックスにして一杯だけ欲しい、と彼女は言った。

 ウエイターは、うなずいた。やって来たときとおなじように、彼はおだやかにひきさがった。

 アタッシェ・ケースをテーブルのうえに横たえ、彼女は左右ふたつのロックを指さきではずした。ふたを開き、封筒の束、ライティング・パッド、そしてボールポイントを一本とりだし、テーブルに置いた。アタッシェ・ケースのふたを閉じ、フロアにおろした。

 ライティング・パッドを開いた彼女は、ボールポイントを右手に持ち、手紙を書きはじめた。

 書くべきことをすでにながいあいだ頭のなかで考え、きちんとまとめてあったかのように、よどみなく彼女は書いた。かなり筆圧をかけた、きれいに斜めに寝かせた筆記体の文字が、幅広く横にうっすらと引いてあるルールのあいだを、埋めていった。

 さきほどのウエイターが、再び彼女のテーブルまで歩いてきた。お盆のうえに、ホワイト・ラムのロックスをひとつ、乗せていた。

 コースターをていねいにテーブルに置き、そのうえにウエイターはロックスのグラスを乗せた。彼女は、微笑とともに、礼を言った。

 ウエイターは、立ち去った。彼女は区切りのいいところまで、手紙を書きつづけた。

 ボールポイントをライティング・パッドのうえに置き、ホワイト・ラムのロックスを手にとった。

 両ひじをテーブルにつき、右手に持ったグラスに左手を軽くそえ、唇へ持っていった。最初のひとくちを飲むまえに、ふと、彼女は、海のほうに顔をむけた。樹のあいだを抜けてくる海風が、彼女の頰を撫でた。

 ホワイト・ラムのロックスを飲みながら、彼女は手紙を書いた。ロックスを飲みおえてもまだ書きつづけた。何通もの手紙を、彼女は書いた。一通を書きおえるたびに、封筒に宛名を書き、手紙を折りたたんでそのなかに入れた。封筒のフラップについているノリを舌のさきで湿めらせ、封筒を閉じた。

 一時間以上、彼女はそのテーブルにいた。

 手紙をすっかり書きおえると、出来あがった何通もの手紙とライティング・パッド、封筒の束、それにボールポイントを、アタッシェ・ケースのなかにしまった。

 立ちあがった彼女は、海を見た。潮が引いていた。こちらの島と沖の小島とをつないでいる砂州が、あらわになっていた。潮が引くと、沖の小島まで、この砂州のうえを歩いて渡ることができる。

 アタッシェ・ケースを持ち、彼女は店を出た。外の坂道を下り、砂浜までの折れ曲がった道を降りていった。

 砂浜を砂州のところまで歩いた彼女は、そこでハイヒール・サンダルを脱いだ。まだ濡れている砂州は、裸足で歩いても熱くない。

 右手にアタッシェ・ケース、左手にサンダルを持ち、彼女は砂州のうえを小島までひとりで歩いていった。白い服と金髪が、強い陽ざしのなかに輝いた。

 小島に渡った彼女は、小さな丘をこえたむこう側まで、歩いた。その丘の中腹に、いま彼女の住んでいる家があった。

 家に入った彼女は、寝室で裸になりビキニの水着を身につけた。キチンに入り、冷蔵庫からペリエのミネラル・ウォーターをひと瓶とりだし、キャップをとった。グラスに注ぎ、そのグラスを持ってテラスまで歩いた。

 テラスに立って海を見ながら、彼女は、よく冷えたミネラル・ウォーターを飲んだ。

 飲みおえると、テラスに置いてあったエア・マットを持ち、階段を下の岩場へ降りた。

 岩場を渡って波打ちぎわまでいき、エア・マットを海にうかべた。自分も海に入り、エア・マットを片手で押しながらすこし泳いだ。

 そのあと、エア・マットに体を乗せて腹ばいになり、沖にむけてパドリングしていった。

 引き潮になるといつも一メートルほどの波が盛りあがっては崩れるあたりまで出てきて、彼女はエア・マットのうえにあおむけになった。

 まっ青に輝いている大空と、その大空から降り注ぐ強い透明な陽ざしをあおむけの全身でうけとめた瞬間、彼女は、自分が大空の底に浮んでいるような錯覚を楽しんだ。

 波が、来た。ゴム・マットにあおむけになっている自分を空にむけてわずか一メートルではあるけれど持ちあげてくれようとしている波の量感と力とを感じながら、彼女は、あおむけのまま両腕で水をかき、盛りあがりつつ進んでいく波をつかまえ、そのうえに乗った。

 彼女を軽々とかかえたまま、波は高さをきわめ、そして崩れた。崩れるとき、そのスロープのうえを、彼女を乗せたゴム・マットは、滑り落ち、走った。

 波の頂上からそのスロープへあおむけに落ちていくほんのみじかい一瞬、彼女の全身の感覚は、重力から放たれて空中に飛んだ。

 (底本:『ターザンが教えてくれた』角川文庫 一九八二年)

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2017年7月28日 00:00
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