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『長距離ライダーの憂鬱』

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 この『雨降り花』*が編中編として出て来る『波と風のグッド・ニュース』は、今年つまり一九九五年の四月に本になっている。最後の部分である『雨降り花』を書いたのは、だから春先ではなかったか。それ以前に、オートバイの出て来る小説を書いたのは、いつだっただろうか。角川文庫だけで過去へさかのぼっていくと、『長距離ライダーの憂鬱』という中編に僕は出会う。これが文庫の書き下ろしとして刊行されたのは、一九八八年の十月だった。文庫の表紙を見ると、題名と著者名とのあいだに、「オートバイの詩」と、小さな活字で入っている。なんのことだろうなあ、としばらく考えたのち、当人は思い出す。これよりずっと以前に角川文庫で書き下ろした、『幸せは白いTシャツ』という中編と、対になっているのだ。対と言うかシリーズと言うべきか、季節ごとに一冊書いて、全部で四冊で完結、という計画になっていた。そのうちの二冊だけを、僕は書いた。

『長距離ライダーの憂鬱』を手に取り、表紙を眺めたりしても、どんなストーリーをこのなかに自分が書いたのか、僕は思い出すことが出来ない。確か女性を主人公にしたはずだ、ということだけが、時間の彼方からぼんやりと立ちのぼって来るだけだ。そんなものですかと聞かれたなら、そんなものです、と僕は答えるほかない。初版の奥付は十月十日になっている。ということは、夏の頂点から終わりにかけての、ごく短い期間のなかで、僕はこのストーリーを書いたはずだ。当時はそのようなスケジュールで仕事をしていた。

 全体は三部に分かれていて、第一部は「中島美雪の夏」となっている。彼女が主人公だ。そして彼女は、ひとりオートバイで走っている。場所は特定されていない。夏という季節のなかにある日本の、都市部ではないどこかだ。第一部は全体の半分以上を占めている。そして第三部は、ほんの六ページだ。バランスは明らかに失している。第一部だけでひとつの全体とすればよかったのだろう。第二部と第三部は、おそらく余計なものなのだ。七年前に書いたストーリーを、こうして第三者的に観察していくのは、興味深い体験だ。

 番号の数字で区切られた短い章の連続で、全体は構成されている。主人公の彼女が乗っているオートバイに関して、次のような文章がある。


11

 このオートバイ。
 このオートバイに乗って夏のなかを走りはじめた最初の日の夜、美雪は、宿のシングル・ベッドに浴衣をまといつけた体をうつ伏せに横たえ、仕様書とメインテナンスの指示書を読んだ。オートバイのトゥール・ボックスのなかに、横長にこまかくたたんで、入っていた。

 56×50
 9・0:1
 48PS/9000RPM
 4・1KG/7500RPM
 196KG (DRY)
 3・25―19―4PR
 3・50―18―4PR
 シングル・オーヴァーヘッド・カムシャフト

 サイレント・チェインを使って、クランク・シャフト中央から、プライマリー減速をおこなっている。だからカム・チェインの音は低く、気にならない。
 考えごとをしながら、周囲の景色をもある程度は見ながら走るには、4000回転以下に保っていると、快適だった。
 考えごとはせず、オートバイと出来るだけひとつになって、たとえば峠道をひと息に駆けあがるには、6000回転以上へ、思いきりよく引っぱりあげるといい。
 レッド・ゾーンは9200回転からであり、そこまで滑らかに吹きあがる。
 ききわけの良い、思いのほか力持ちの、しかしどこかおっとりとした、いい弟のようなオートバイだと、美雪は思っていた。ただし、美雪に弟はいない。


 このオートバイで彼女が夏のなかを走っているところから、『長距離ライダーの憂鬱』というストーリーは始まっている。走る彼女の斜め前にタンク車がいる。塗装していないステインレス・スティールの、陽ざしを反射させて輝くというタイプの、タンク車だ。冒頭の第一章である1は、このタンク車の描写にあててある。次のとおりだ。


 いつからだろうか、と美雪は思った。
 気がついたときには、すでにこのタンク車が、自分のまえにいた。
 これまでオートバイで走って来た道路を、美雪は思い起こしていった。
 おそらく、と美雪は思った。このタンク車は、バイパスから合流してきたのだ。
 いま彼女が走っている地点から、後方三十キロほどのところに、バイパスと国道とが合流する場所があった。
 南から斜めに合流するバイパスからこのタンク車は国道に入り、そのすぐうしろに自分はついたのだ、と美雪は思った。
 塗装をしていない、ステインレス・スティールのタンク車だ。そのすぐうしろに、美雪はいた。
 タンクの後部は、横に倒した楕円型だ。中央の部分が、凸レンズのようにふくらんでいた。
 鏡のように磨いてある、その横位置の楕円のなかに、オートバイで走る自分が写っているのを、美雪は見ていた。
 後方へ置き去りにしていく国道とその周囲の光景が、磨かれたステインレス・スティールの楕円のなかでは、遠近法が逆だった。
 タンク車の後部楕円に写しとられている美雪の後方の光景は、逆の遠近法のなかで、前へ前へと、吸いこまれていた。
 楕円の中央に近い曲面に写っている光景は、ゆっくりと吸いこまれた。そして、楕円の外周に近くなればなるほど、吸いこまれていく速度は早かった。
 磨かれたステインレス・スティールの楕円から、十メートルも距離をとると、自分の顔が識別できないほどに、写っているオートバイも自分も小さくなってしまうことに、美雪は気づいた。
 楕円に接近すると、自分やオートバイに横幅が急に出た。横幅は楕円のなかに面白く誇張され、オートバイのハンドル・バーは楕円の右端から左端までを、いっぱいにふさいだ。
 楕円に接近して走るのが自分は好きだ。と美雪は思った。横幅が誇張されると、シリンダーもヴァルヴも125CCからの流用であるこの498CC、4サイクル4シリンダーのオートバイが、現実を遥かに越えて、堂々としたオートバイに見えるからだ。
 タンク車の車体の、右側の下に、排気管がまわっていた。黒い排気ガスが、そこから路面にむけて吐き出されていた。
 吐き出された黒煙は、路面へ到達するまえに流れる空気にからめとられ、うしろから走ってくる美雪のちょうど胸から顔のあたりをかすめて、後方へ流れた。


 少しあとになって、このおなじタンク車は、ふたたび登場する。22と23だ。そして2から21までのあいだでは、彼女が高原の美術館で見て来たばかりの、サム・フランシスの抽象画と、彼によるアフォリズムをめぐる、彼女の感想が語られている。いくつか連続するアフォリズムと、それらに対する彼女の解釈や気持ちの動きが、そのときのその夏のなかにオートバイとともにある彼女の、内面そのものとほどよく一体になっている。凝ったしかけだ、と言っていい。

 そうか、あれをそのまま使ったのか、と僕はいま思う。一九八八年の夏、僕は何日かを軽井沢で過ごした。「高原の美術館」では、実際にサム・フランシスの展覧会がおこなわれていた。僕はそれを見た。充実した楽しいひとときを、僕はそこで過ごした。売店ではフランシス自身によるアフォリズムの本を買った。名刺を少し縦長にしたようなサイズの、薄くて小さな本だ。物体としての面白さ、質感、そして英文のアフォリズムのレイアウトの良さなどを、僕は気にいった。なにしろ当時はバブル期であり、「高原の美術館」といえどもその外ではなかったから、この小さな薄い本は二千五百円ほどしたと記憶している。

 オートバイに乗ってひとり夏の下をかいくぐる彼女は、共感するフランシスのアフォリズムを、ひとつずつ想起していく。それらの解釈に自分を重ねていくと、つらなるいくつかのアフォリズムは、おのずとひとつの方向を示してくれる。その夏の彼女にとっての、思考とアクションの方向だ。引用してあるアフォリズムを、その順番に、列記しておこう。

「時間はもっとも早い」

「死には表面がない。深さだけがある」

「永遠に残るのは、ただひとつ、奇跡だけ」

「空間を移動するとは、広がることである」

「光と影を解釈することから、色が生まれてくる」

「光が燃えている状態、それが色だ」

「そしてその色は、宇宙のなかにあるハーモニーのシリーズのひとつだ」

「新しいイメージにむけて切り開いていくのは、死にむけての動きだ」

 これだけあれば、文庫一冊の中編くらい、かならず書ける。なぜ僕はそうしなかったのか。彼女の状態を定義づけるために登場したあと、アフォリズムは姿を消してそのままだ。

 彼女がなぜオートバイで夏のなかを走ることになったか、その直接のきっかけが44から描いてある。あるプロジェクト・チームの一員として仕事をして来た彼女は、その仕事が完了し、プロジェクト・チームが解散することと重なり合うようにして、一台のオートバイを手に入れることになる。そのいきさつの最初の部分だけを、ここに採録してみよう。これはまさに夢物語だ。しかし、教習所で免許を取得し、オートバイを買って路上に出るとたちまちこのような世界に入れるのだ、と本当に思っている人がじつにたくさんいることを知って驚愕した僕は、それ以後、オートバイの出て来る物語を書かなくなった。


44

 プロジェクトの終わりが急速に見えてきはじめた六月のある日、午後の休み時間に、美雪はオフィスの外に出た。長い梅雨のなかの、珍しく晴れた日だった。あてのない散歩のように、美雪はその陽ざしのなかを歩いた。
 オートバイに乗りたい、と彼女はそのとき思った。久しぶりの衝動だった。その衝動は、奇妙な懐かしさのようなものによって、おぼろげに縁どりされていた。

45

 オフィスにむけてひきかえしていく途中、美雪は書店に入った。
 ビジネスのための本や雑誌を置いた棚が大きなスペースを占めている奥、二階への階段の近くに、一般雑誌の棚があった。棚の裏にまわると、棚のいちばん端には、スポーツの雑誌がさまざまにならんでいた。
 その隣りに、オートバイの雑誌があった。タイトルや表紙の良し悪しを見くらべ、一冊を選んだ美雪は、それを棚から抜き出した。おしまいのページから、見るともなくページをくっていった。

46

「陸送ライダーを求む。妙齢の女性にかぎる、そして出来ることなら美しい人。始発地点は下関、終点は旭川。七月の第一週、あるいは第二週からスタート。報酬や保険そのほか、こまかなことは電話で相談」
 読者からの広告がこまかくびっしりとならんでいるページを見ていると、このような広告が目にとまった。
 六月いっぱいで自分は仕事を離れ、自由になる。オートバイの陸送を引き受けるのも、悪くないではないか、と美雪は思った。
 文面の末尾に、陸送すべきオートバイの車種がつけ加えてあった。美雪にはなじみのない、国産の500CC、4サイクルの4シリンダーだった。
 その広告の部分を、美雪は指先で静かに切り取った。そして半袖のシャツのポケットに入れ、書店を出た。

47

「広告は、あの雑誌にしか出しませんでしたよ。あの雑誌の、あの広告を、あなたは見てくださったのですね」
 広告のなかで指定してあった電話番号に、美雪はオフィスから電話をかけてみた。あの広告を出した当人だという、中尾という名の男性が、その電話に応対した。
 三十代後半、あるいは、四十歳にはなっているだろうか。間のびした、やや高い調子の声で、中尾というその男性は、美雪とやりとりを交わした。
「まだ、きまってませんよ。あの雑誌が書店にならんで、二週間になるかな。いろんな人から電話をもらったけれど、男が多いんだよね。女性に限ると、ちゃんと断ってあるのに。あなたは、女性だよね。うん、その声は、ね、女性だよ。まだ、きまってません。男ばっかりが、電話をかけてくるんだもの。広告の文面を、失敗したかな。女性に運んでもらいたいのは、真面目に本心なのだけれど、妙齢とか美人とかは、もしそうならうれしいけれど、半分は冗談なのよ。女性が電話をかけてこないのは、そのせいだね、きっと。失敗、失敗」
 電話のむこうで笑っている相手の男性の声を、美雪は遠く聞いた。
「まだ、誰にもきまってないから、運んでもらうオートバイは、ここにありますよ。あなたは、二十七歳ですって? はじめて見るオートバイかもしれないよ。調子はいいですよ。いつでも、すぐに走れるようになっています。ずっと乗っていたオートバイだから。でも、東京からだと、ここまで遠いね。遠いと言っても、日本国内たかは知れてるけれど。いったんこの下関まで、来ないといけないですね。来ますか。限定解除の免許取得が十八歳のときなら、そろそろ十年だね。無事故ですか。それは、安心だ。下関まで来てくれて、ほんとに旭川まで乗って届けてくれるなら、あなたにきめてもいいですよ。きめてしまおう。せっかくだし、あなたは声もよくて、感じがいいから。しっかり者という感じがするけど、かなり人がいいね。おっとり育ってるよ。よし、きめてしまおう。あなたにきめるよ。いま、ここで。さあ、きめた。下関へ、来てください。七月の第二週が終わるまでに、出発してほしいんです。陸送のための期間は、二週間。のんびりですよ。夏の旅をしながら、そのついでに、北海道までいってしまう。保険は、かけてあげます。ガソリンとオイル、そして故障がもしあったら、修理代。それだけは、僕が負担します。それと、報酬ね。これは、お会いしてから、相談しましょう」


 下関から旭川までの陸送の仕事を引き受けた彼女は、夏のなかをひとりで走り始める。途中の経過を、中尾という男性に、彼女は何度か電話で伝える。そのたびに、彼女が陸送するはずのオートバイに関する状況が、少しずつ変化していく。最初は到着の予定がきまっていたのだが、まずその予定がなくなる。夏の終わりまでには、というようなゆるやかな予定に変化し、さらにはその予定もなくなってしまう。そしてついには、そのオートバイは必要がなくなったので、せっかくだからあなたに買い取ってもらえないか、と彼女は中尾に頼まれる。彼女は買い取ることにする。オートバイは彼女のものとなり、その彼女は完全に自由になる。手のこんだしかけを作って私を相手にそれを実行し、中尾というあの人はこのオートバイを、まるでやっかい払いのように、私に押しつけたのではないか、などと彼女はふと想像する。

 そのオートバイについて、次のような記述がある。


62

 あるところから急にクラッチがぺたんとつながるほかは、どこにも不足のないオートバイだと、中尾は言っていた。
 快調に走っています、と美雪は中尾に言った。
 不調とまでは言えないものの、弱点を指摘していったなら、限りなくあるのではないかと、美雪は思っていた。
 ハンドリングは別にしても、オートバイそのものの出来ばえに関して、弱点はさまざまにあるのだと、美雪は思った。その弱点が、夏のあいだにたび重なる故障に発展するかどうか、美雪にはまだ判断出来かねた。

63

 チェインがのびている、と美雪は判断していた。目で見て確認した。センター・スタンドを立ててエンジンを回転させてみると、チェインの当たりかたには正しい規則性が欠けていた。チェインがのびていた。チェインそのものが弱いのではないかと、美雪は思った。
 アイドリングが不安定になった。点火プラグのポイントを磨き、丁寧にふいてみた。メインテナンス指示書には、ポイントのギャップは0・4ミリと出ていた。燃焼の間隔は、正確になった。
 クラッチの接続は、中尾が言うよりももっと不安定だった。
 セカンド・ギアに入らないことが、しばしばあった。ギア抜けの心配が、常に美雪の頭にあった。
 路面の状況が突然に大きく変化したとき、それまでのロード・ホールディングの良さをそのまま当てにしていると、痛いめにあうはずだと、美雪は思った。
 スイング・アームが、明らかに左右に振れていた。
 錆がいたるところに出ていた。中尾のこまかなメインテナンスの跡は読みとれるのだが、それよりも錆のほうが早いのだろう。
 高速では、直進の安定性が思いのほかよくないのではないかと、美雪は心配をはじめていた。
 四個の気化器は、強制開閉だ。一定の速度を保ったまま長距離を走り続けると、手首と親指のつけ根が痛くなった。手首をまわしてみて、うまくまわらないほどのときもあった。
 しかし、ぜんたいとしては、美雪はこのオートバイを気にいっていた。取りまわしの良さ、低速から高速までの滑らかな吹きあがりかた、低く抑えた排気音の心地良さ、後輪が大きく滑ってもハンドルとアクセルの操作でほぼかならず立ちなおれる性質、タイトなカーヴの連続のなかでも持続してくれる柔軟な扱い良さ、カーヴに入っていくときに思い描くそのラインのとおりに進んでくれる素直さ、高速でカーヴをこなすときに味方してくれているギアのレシオ。気にいった点をあげていくと、これもかなりたくさんあることに、美雪は気づいていた。


 自由になった彼女をめぐる第一部の終わりは、彼女が乗っているのとおなじオートバイに乗った年上の魅力的な女性と知り合ういきさつを描くために、かつての僕は使っている。これも夢物語だから、途中まで採録してみたい。大きな死火山の、古期外輪山の尾根を縫ってのびる観光道路で、ふたりは出会う。外輪山の尾根を走る道路と言うと、箱根を思わせる。しかし厳密に箱根をモデルにしているわけではない。夢物語のなかの、夢のような地形およびそのなかの道路だ。70から86までを採録しておこう。


70

 大きな火山の外輪山の尾根を、たんねんに拾ってつなぎあわせたような道路だった。全長のほとんどが、観光用だった。有料の区間も、一部分あった。
 外側の外輪山は、古期外輪山だった。その内側に、もうひとつ、新期外輪山のリングがあった。外側の大きな輪のなかに、内側のより小さな輪が、はまりこんでいた。内側の外輪山の尾根も、外側とおなじように、たんねんに拾われてつながれ、道路となっていた。この道路も、観光用だった。
 この場所の観光シーズンは、秋だ。真夏のいま、客は内側の外輪山の火口にのこった湖のほとりに、そのほとんどがいた。

71

 外側の外輪山の尾根を伝う道路と、その内側の外輪山の尾根を伝う道路は、ひとつにつながったふたつのループだった。
 ふたつのループをつないでいるルートは、三とおりしかなかった。しかし、ふたつのループをオートバイで走りきるには、スリルをかた時も絶やすことなく体感出来る速度で走って、二時間以上かかった。三とおりのループ接続をすべて体験するには、その三倍の時間が必要だった。オートバイにとっては、たいへんにスリリングな道路の連続だった。ここを体験するのは、美雪にとっては、はじめてのことだった。

72

 湖のほとりにある小さな町は、町ぜんたいがみやげ物屋であるような印象を、美雪は持った。そして、その湖にまつわるみやげ物は、魅力の峠を明らかにとっくにとおり越していた。観光に来る人たちにとって、このみやげ物がおおいに魅力的であったのは、いつ頃のことだったのだろうかと、美雪は思った。
 そのようなみやげ物屋の複雑に立ちならぶ一角の奥に、美雪が泊まっている旅館があった。
 修学旅行の客を専門にしてきた、とその旅館の中年の女性は言っていた。いまはそのような客も少なくなり、しかも夏は修学旅行のシーズンではなかった。
 旅館は、したがって、空いていた。料金も安かった。ひとりで泊まっている美雪は、二階の大きな部屋をあたえられていた。

73

 外輪山の観光道路を美雪がオートバイで走るのは、今日で三日めだった。
 最初の日は、絵に描いたような夏の晴天の日だった。火山高原の上空に広がる空はまっ青であり、白く輝く雲が、これ以上ではあり得ないような完璧な姿をたたえて、ところどころに浮かんでいた。

74

 二日めは、曇った。灰色の空が火山高原の上に低く降りてくると、オートバイで走る道路ぜんたいの印象や感触が、完全に一変した。視覚をとおして受けとめるその地形ぜんたいのスペースは、晴天の日よりも曇っている日のほうが、遥かに大きいように、美雪は感じた。

75

 三日めの今日は、早朝から複雑な天候だった。彼女が目を覚ましたときには、外はどしゃ降りだった。すさまじい降りかたであり、今日は旅館の傘をさして湖のほとりの町をすこし歩くだけの日なのだと、美雪はあっさりあきらめた。
 朝食を一階の食事室の片隅で食べていると、雨はいきなり止まり、すぐに陽が照って来た。強い陽ざしがきらきらと輝き、はじめからおしまいまで晴天の日のような感触となった。
 美雪がオートバイで旅館を出てターンパイクを登っていき、外側の外輪山の道路に入ろうとしていると、空は急速に曇った。雨か、と美雪は思った。
 しかし、重く曇りはしたけれど、雨は降らなかった。正午を過ぎて、雲はすこしだけ薄くなった。薄くなりすぎると切れめが出来、そこからごく短い時間、陽が射した。
 そのサイクルがやがて終わり、再び曇った。気温が低くなり、霧が出て来た。山なみの頂上から湖にむけて、霧が降りていくのを、美雪ははっきりと見た。路面を、霧が這った。その霧がもっとも深いとき、前輪のリムとスポークの接続する部分までが、霧にかくされた。
 一時間ほどで、霧は晴れた。夕方が早くに来たような暗さのまま、午後の時間が経過していった。
 昼食や小休止の時間を別にすると、美雪は、ふたつの外輪山の頂上を結んで二重のループとしている道路を、オートバイで何度もくりかえし走ることに、熱中した。

76

 夕方、六時を過ぎて、知覚の中央を鋭い針で突いたように、美雪は最初にそれを感じた。自分を追って、うしろからやはりオートバイで走ってくる人がいる、という直感だ。

77

 その直感の根拠をあげろ、と言われたらやはり困ってしまう。根拠を示すなら、ほら、あのオートバイ、と指さすほかなかった。

78

 そのオートバイ、そしてライダーの姿を、視認するのは難しいことだった。自分の姿は見せないよう、そして美雪のオートバイは見失わないよう、追ってくるライダーはきわめて巧みに走っていたからだ。
 そしてその巧みさは、そのまま、そのライダーが自分のうしろに姿をかくしつつ、ぴったりと追いすがっている事実の、なによりの証拠だった。

79

 誰だかわからないが、一台のオートバイが自分を追って走っている、という直感を美雪が得てから一時間ほどあとに、美雪は、激しくぶれていて役に立たないミラーのなかに、うしろから来るそのオートバイのヘッドライトを、ほんの一瞬、視覚の錯覚のように、とらえた。
 空間はすでに夜であり、その暗さだけをミラーは写していた。小さな円形のミラーにある暗さのなかを、うしろから来るオートバイのヘッドライトは、ひとつの明るい小さな点として、右から左へ、横切った。
 道路は、標高一〇〇〇メートルの高さを中心に、複雑微妙な起伏を何度となくくりかえしていた。
 追ってくるオートバイのヘッドライトを、美雪が自分のミラーのなかに見たとき、二台のオートバイの標高はおなじだった。そして、起伏の伏の部分の数でふたつ分、美雪のうしろを、そのオートバイは走っていた。

80

 美雪がいま走っている道路は、極端に単純化するなら、大小ふたつのループの重なりあいだった。しかし、どちらのループも、無数と言っていい起伏のなかで、左右へのありとあらゆる性質のカーヴを、これもまた何度となく連続させていた。
 ふたつのループに沿って別の道路もあり、ループの外にあるターンパイクへ逃げ、そこをおなじく複雑なループで走ってもとの場所へ戻って来ることも、可能だった。
 自分を追って一台のオートバイが走ってくることは、まず確かだった。火山高原をひとりで走る遊びのうちとして、あと二度くらいは、そのオートバイを確認したいものだと、美雪は思った。

81

 高原の空間から明るさが消えていくとき、その速度に同調して、美雪の視界もいったん狭くなった。曇った日が夕方から夜へと変化していく中間の時間がどこかへ置き去りにされてしまうと、空間は夜の空間へと、きりかわった。
 いったんそうなると、美雪が自分とオートバイの周囲に感じとっている空間の広さは、再び大きくなった。暗さゆえに、視線は遠くまで伸びることはなかったが、多少の明かりが残っている時間にくらべると、夜になってからのほうが、体感する空間は遥かに広かった。

82

 相手のヘッドライトの光を、もう一度、そしてその次には、相手の排気音を。そのふたとおりの確認をおこなってみようと、美雪は思った。どうすればいいか、走りながら考えた。
 気温が急速に落ちはじめていた。指の先と手ぜんたい、肩から腕へ落ちてくるあたり、両膝、そして腰のうしろあたりが冷えはじめているのを、美雪は自覚していた。

83

 相手のヘッドライトの光を見るには、直線の部分で速度を落とし、相手が不用意に接近するのを待ち、ふりかえればいい。
 しかし、これではあまりにも単純だ、と美雪は思った。もうすこし手のこんだ方法は、ないだろうか。

84

 やがて、美雪は、思いついた。
 いくつかの起伏が、ほぼまっすぐに続いている場所を、使えばいいのだ。
 相手のオートバイが、うしろの起伏の頂上へ登って来て水平になったとき、自分はひとつまえの起伏の頂上にむけて登ってくる瞬間であるようにタイミングをとるなら、起伏の伏の部分を越えてまっすぐに夜のなかをのびて来る相手のヘッドライトの光は、その先の起伏の頂上へ上がっていこうとしている自分や路面を、うしろから照らすはずだ。
 届いてくる光は弱いかもしれないが、ほかに明かりのない夜のなかでは、充分に気づくことの出来る明るさとなって、後方から自分をかすめつつその前方にむけて、路面を照らすはずだ。
 そのようなことに使える起伏のある場所を、美雪は記憶のなかで捜していった。

85

 うしろから追ってくるオートバイとそのライダーの姿を、美雪はまず最初に視認することになった。走っていく道路の状況に合わせて、そうなった。
 直線の尾根を水平に走り、やがて直線のままに降下し、右への大きなカーヴに入る。かなりの高低差をひと息に駆け降りてくると、目のまえに四差路がある。自分が走っていく道路に対して、左うしろから斜めに合流してくるのは、外側のループのさらに外にある、わき道のような道路だ。四差路のなかで大きく左へターンしてこの道へ飛びこむことも、充分に可能だった。
 この合流地点を過ぎると、前方で道路が左右に分かれる地点が見えてくる。直進すると、外側のループをそのまま走るコースとなる。そして右へわずかにカーヴしてそれると、内側のループへ入っていく連絡道路につながる。
 前方を走る相手がどちらへ進むか、うしろから来るオートバイは、充分に距離をつめたうえで相手の動きを視認する必要があった。
 見そこなうと、相手がどちらへいこうとも、そのテール・ランプは道路の両側にせまる斜面によってさえぎられ、目で追いかけることは出来なかった。
 四差路のなかで速度を落とし、相手の排気音の進む方向を耳で聴いてもいいが、思いきり叩き出すような乾いた爆発のような音ならともかく、この4シリンダーの太いけれども低く抑えた音は、すこし離れてしかも高低差がつくと、聴きとることは難しかった。
 四差路には、照明灯が何本か、立っていた。四差路だけではなく、その周囲が、明かりのなかに大きくとらえられていた。
 尾根の頂上の直線をふっ飛んで走りきった美雪は、そのままの速度で直線の下りへ入った。四差路の明かりのなかに出てから、オートバイの制動力と自分の技量の限界を使って、美雪は減速した。
 左の道路へ大きくまわりこもうか、と思った。しかし、それはやめにした。内側のループへつながる道路は、四差路を越えるとすぐに低くなっていく。逆に、直進の道路は、高さを加えていく。
 減速しつつ直進し、登り坂をうまく使って、美雪は道路の左わきに停止した。うしろから来るオートバイとの位置関係を、美雪は確認した。
 明かりのなかの四差路、そしてそこへむけて降りてくる直線の部分を、低い位置に遠く、ふりかえった美雪は見下ろすことが出来ていた。
 ここに停止している自分に相手が気づくよりも先に、自分は下りの直線のなかに相手の姿を確認し、再び走り出して相手とのあいだに距離を取ることが可能であることを、美雪は目測で確認した。
 どこかに停止してエンジンを止め、物かげにかくれて相手をやり過ごすだけなら簡単なのだが、いまはまだ相手の前方にいて、相手に自分を追いかけさせていたかった。

86

 女性だ、と直感した。まちがいない、と美雪は思った。
 四差路にむけて直線の下りを降りてくるそのオートバイをひと目見て、美雪は確信を得た。そして次の瞬間には、美雪のオートバイはすでに発進し、加速していた。
 夜の尾根を走りながら、残像のように記憶に残っている光景を、美雪は思い起こし、点検しなおした。直線の下りを降りてきたあのオートバイを中心にとらえた、ほんの一瞬の光景だ。
 その相手は、クリーム色ないしはごく淡い黄色の、ワン・ピースに見えるライディング・スーツを着ていた。ヘルメットもグラヴも、おなじような色だった。ヘルメットは、トライアル用のものではなかったかと、美雪は見当をつけた。
 あの両脚は、女性のものだ、と美雪は思った。燃料タンクをはさんでいる太腿を、かなりの距離をとって、浅く斜め上から、一瞬、美雪は見た。女性だ、と言いきるのに、それだけで充分だった。
 あの脚の線ののびかた、そして曲面のありかた、そしてぜんたいの量感は、女性のものだ。記憶のなかで、美雪は、その相手の腕の形や肩の線なども、思い起こしてみた。はっきりと、それは浮かびあがって来た。
 腕の線がたたえていた雰囲気は、決定的に優しく、肩の線には豊かな暗示がありすぎた。ライディング・スーツの胸は、いちばん近くの照明塔からの光の直射を受け、陰影は消されていた。シートの上にあった腰の安定した広がりも、美雪にとっては、自分自身の体に覚えのあるものだった。うしろから来るのは女性だ、と美雪は思った。


『長距離ライダーの憂鬱』の第二部は、「後藤祐介の夏」となっている。そして第三部は、「中島美雪と後藤祐介の、夏の終わり」だ。おなじオートバイに乗る魅力的な年上の女性と知り合ったのち、美雪は後藤という男性との恋愛関係のようなストーリーに入っていくのか、と思うけれどもじつはそうではない。美雪のストーリーは第一部で終わっていて、彼女とはまったく関係のない後藤祐介のストーリーへ、第二部は横滑りしている。美雪のストーリーを続ければそれでいいのに、といまの僕は思う。なぜ、後藤という男性のストーリーになるのか。第三者的な推量として、いまひとつだけ僕に言えることは、美雪という女性のストーリーに男性の物語を対比させたかったからではないのか、ということだ。

 美雪は自主的な思考とアクションの主体だが、後藤は明らかにリアクションの人だ。彼はひとりの女性に結婚を申し込む。返答を得られないままに過ぎていく夏の終わりという時間のなかで、彼はもうひとりの女性にも、結婚を申し込む。そして承諾される。そのあとで、初めに結婚を申し込んだ女性からも、承諾の返事を彼は受け取る。彼は途方に暮れる。というような、まあどうでもいいようなことが、後藤祐介のストーリーとなっている。

 ふたりの女性が彼に対して発揮した魅力の総体、つまり彼をして結婚の申し込みをさせるほどに強力だった彼女たちふたりの魅力というアクションに対して、彼は結婚を申し込むという、正しくないリアクションをしてしまった。さあ、どうしよう、というのが彼にとっての夏の終わりだ。彼は仕事を辞め、オートバイで旅に出る。

 第三部は先にも書いたとおり、わずかに六ページだ。オートバイで旅に出ている後藤は、北緯四十度の日本海側の国道を北に向かっている。中島美雪のオートバイは、おなじく北緯四十度の、太平洋側の国道を北に向かっている。地図の上の小さな小さなふたつの点として、そのオートバイを想像してみてほしい、と読者に語りかけるところで、『長距離ライダーの憂鬱』は終わっている。

 どこを訪ねようとも、あるいはどこを無視しようとも、すべては当人の自由である地理上の広がり、そして時空間としてのスペースの抽象的な表現、それが地図というものだ。アクションの正しい女性も、リアクションの正しくなかった男性も、いまはともにそのような地図の上であるという、写実を旨とした抽象論のようなストーリー、それがどうやら『長距離ライダーの憂鬱』であったようだ。

 僕が高校生だった頃、あるいはひょっとしてまだ中学生だった頃、『ある長距離走者の孤独』というイギリスの小説が、評判になった。『長距離ライダーの憂鬱』というタイトルは、その小説の題名をもじったものかもしれない。当人の自由にまかされた時空間のなかにひとりで身を置いているとき、その人にとって基調となる精神の状態は、憂鬱さではないだろうか。

*本編の直前に掲載されていた作品。この小説が編中編として収められた『波と風のグッド・ニュース』は、二〇一七年七月電子化予定。

(初出・底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 一九九六年)

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2017年5月16日 00:00