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鮎並の句を詠む

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 鮎並と書いて、あいなめ、と読むらしい。当て字だろう。電車のなかに吊ってあった清酒の広告で、初めて知った。誰が見ても鮎並に見えるはずの魚が一尾描いてあり、俳句がひとつ添えてあった。鮎並の皮の旨みのじっんわりと。こういう俳句だったと思う。そうね、そういうこともあるね、という程度の句だ、べつにどうということはない。じんわりと、の部分を、じっんわりと、としたのは下世話な風情を意図したものか。

 その広告を眺めた僕と知人のふたりは、せっかくだから自分たちも鮎並の句を作ってみようか、ということになった。小田急線の上り各駅停車で四駅いくあいだ、ひとつの駅ごとに一句、僕は作った。その四句を披露しておこう。ちなみにその四駅とは、代々木上原から代々木八幡、参宮橋、南新宿、そして新宿の四つだった。

 鮎並は 好きかといきなり 女将訊き

 カウンターに席をとった口開けの客に、ちょっと奥から女将が、鮎並はお好きかしら、といきなり訊く。焼くから食べていけ、という意味だ、言うまでもなく。

 鮎並の 焼ける匂いで 店をきめ

 説明の要はないだろう、これはこういうことだ、そしてそういうこと以外のなにものでもない。

 鮎並を 分けあう箸の 白い指

 いいのが入りましたよと言われ、一尾を焼いてもらい、ふたりで食べる。食べる相手は、白い指の人であったりもする。

 鮎並の 来し方いずこ 酒に訊く

 焼けた鮎並を前にして、酒を満たした杯を口へ持っていく。酒を口に入れる寸前、この鮎並はどこで獲れたものかと、ふと思う。

 以上が僕の四句だ。知人の編集者は、減速しながら新宿駅へと入っていく電車のなかで、次の一句を僕にくれた。

 突つかれて 果てた鮎並 残り酒

 編集者として四十代なかばを過ぎるまでのあいだに体験した、もはや数知れない酒の席というものを総括すると、こうもなるということですかね。苦笑しながら彼はそう言っていた。

(底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 二〇〇四年)

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