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生まれてはじめての旅

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 ぼくは東京生まれだが、子供の頃の十年ほどを、山口県の岩国いわくに、そして広島県のくれで、過ごした体験を持っている。

 目のまえには、あの独特な瀬戸内海、そしてすぐうしろには、おだやかな中国山脈があり、気候は温暖で、子供が育つにはたいへんにいい場所だった。それに、世のなかの状況は、いまにくらべるとまるでSFのように牧歌的でもあったし。

 学校が大嫌いだったぼくは、子供の知恵を最大限にしぼって、なんとか学校へいかずにすむ方法を、いつも工夫していた。その工夫のおかげで、学校へはろくにいかず、いろんな遊びをみつけては、遊び暮らしていた。おかげで、ぼくは遊びの達人となった。

 十二、三歳の頃、ある初夏の日、ぼくは友人たち何人かに、いつも目のまえの海のすぐむこうに見えている、小さな島へ、自分たちだけで渡ってみることを提案した。ぼくも、そして友人たちも、どこであれ島と名のつくところへは、広島の宮島を別にすると、一度もいったことがなかった。

 ぼくの提案に、友人たちは賛成した。船を調達し、食料を充分に持ち、ぼくたちだけで島へ渡り、そこですくなくとも一夜は過ごしてみよう、というおおまかな計画がすぐに出来た。

 出発の日をきめたぼくたちは、食料を集めにかかった。ぼくを含めて五人の子供たちがいくことになり、その五人がそれぞれに、いろんなものを持ちよってひとつにまとめた。そのなかから、持っていくものをきめた。

 着替え、簡単なテント、ブランケット、水筒、懐中電灯、ナイフ、釣りざお、本、バンドエイド、蚊とり線香なども、段ボール箱に集めた。

 天気のいい土曜日、ぼくたちは荷物を持ち、近くの小さな漁港へいった。そして、港の隅のほうにもやってあった小さな手こぎの漁船に勝手に乗りこみ、沖へこぎ出していった。

 船尾にがついていて、それをぼくがこいだ。うまく船を進めるためには、微妙なこつをつかむ必要があった。そのときぼくは、すでに一人前に櫓をこぐことができた。船はすいすいと進んでいき、思いのほかあっけなく、目的地の無人島に到達した。

 いつもぼくたちの家のあたりから、ま正面に見えていた、形や雰囲気だけはなじみの島だったのだが、近くまで来てみると、想像していたよりもはるかに大きく、島の頂上は船から見上げる高さだった。

 おもて側から見ているかぎりにおいては、島の周囲の海に接する部分は、小さな岩がごろごろしているだけだった。裏へまわると、コンクリートで造った小さな船着き場があり、無人島だとばかり思っていたぼくたちは、やや拍子抜けした。

 ちょうど満潮時だった。ぼくたちは、難なく船着き場にあがった。荷物をすべて陸にあげ、ひとまずそれをそこに置いて、探検にでかけた。

 近くに、家が何軒かあった。古びた民家、そして倉庫のような建物だった。人の気配はなかった。ここに人が住まなくなってから、かなりの時間が経過しているのだと、ぼくたちは結論した。

 道を奥まで歩いていくと、やがて島の内部にむけて、登り坂となった。蛇行するその坂を、ぼくたちは登っていった。

 その島の中央部は、南にむけて開いた岩国いわくに窪地となっていて、どちらにも畑が作ってあり、片方には農家が一軒あった。その農家も、無人だった。農家の裏から、さらに島の頂上にむけて細い道が登り坂になっていた。登っていくと、ほどなく頂上に出た。

 幅の広い河のように横たわる海のむこうに、ぼくたちの住んでいるあたりが、まるでパノラマ模型のように、一望することが出来た。

 いつもはそちら側からこの島を見ているのだが、いまは島からそちら側を見ているのだ、という認識は、子供心にもきわめて新鮮だった。遠くへ来た、という思いに、遠近法が逆転した、という自覚が重なった。

 持って来ていた玩具おもちゃの双眼鏡で、ぼくたちはその風景を飽きることなく眺めた。あそこが学校、その斜め下の、ほら、あれがきみの家、というふうに、子供のぼくたちは興奮していた。

 午後はそんなふうにして終わった。船着き場へいってみると、潮は完全に引いていて、短くもやったぼくたちの船は、あらわになった海底の岩に船尾を乗せて、釣り上げたように空中へ斜めになっていた。潮が再び満ちるまで、そのままそうしておくほかなかった。

 焚火たきびのための木切れを拾ってきたぼくたちは、夕方、食事の準備をはじめた。持って来たものを、あれも、これもとならべたて、とても五人では食べきれないほどの夕食が、船着き場のコンクリートの上に、出来あがった。

 夜が来た。盛大に焚火をしているあいだは、怖くもなんともなかったが、焚火が小さくなってくると、心細かった。無人の民家のあるあたりは怖いので、船着き場のコンクリートが土にかわるあたりに、ぼくたちは寝ることにした。テントを立てたり、ござを敷いてブランケットを広げたりした。

 それぞれに横たわって夜の空を見上げると、星空はいつもとはまるでちがったもののように見えた。距離的にはなんということもないのだが、心理的にはとんでもない遠くへ来た印象があり、このときのことを、ぼくは、生まれて初めての旅、と呼びたいと思う。

(底本:『きみを愛するトースト』角川文庫 一九八九年)

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2017年5月6日 00:00
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