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少年たちの共和国

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「おもしろブック」に連載されていた『少年王者』を夢中になって読んだのは、いつごろだったのだろうか。小学生あるいは中学一年、二年といった年齢のころのようだ。

 発売日に書店まで歩いていき、帰り道に道ばたにすわりこみ、『少年王者』だけではなく、雑誌ぜんたいを読んだりながめたりしたのだと思う。子供の期待や夢が一点に集中されたときめきの対象が少年雑誌であり、いまのようにある特定の連載が人気を呼び大人たちの話題にまでなるようなことはなかった。少年雑誌の世界は、少年だけの別天地だった。まさに少年としか呼びようのない子供たちが、少年雑誌を読んでいた。まだテレビが普及する以前だから、ひねた大人のような子供は、いなかった。少年雑誌の数も、すくなかった。学習雑誌も含めれば十種類くらいあったと思うけれど、一度に数種類を無造作に買い、ばあっと読んでほうり出す、ということもやっていなかったはずだ。自分の気に入った定期購読誌を大事にしていた。友人にかしたのを取りかえすのは、少年にとっての重要な任務であった。少年期のある時期、非常に大事にしたこのような少年雑誌も、いつどこへどのように始末したのか覚えていないけれど、身辺からなくなっていた。数年にわたって熱中し、まるでセミがぬけがらを残して飛び立つように、くっきりとしたかたちで、少年雑誌を卒業していった。

 こうやって書いていると、当時の状況がすこしずつ思い出されてくる。「高度成長経済」のごく初期の、まだまだ牧歌的な環境の中で、たとえば青空とざしのきれいな初夏の午後、葉をいっぱいにつけたの下にすわり、ぼくはたしかに『少年王者』を、そして少年雑誌ぜんたいを、読んだのだ。なつかしくもなんともないけれど、あのような体験はやはり幸せだったと思う。少年という、比較的に無重力な存在が、少年雑誌という別天地の中のフィクションに没入し、さらに無重力を徹底させたのだから。そのようなときにこそ、『少年王者』の住む密林が、少年にとってなによりもリアルでありえたのだ。ジョニー・ワイズミューラのターザン映画の官能が欠けていたのが子供心にも残念だったが、やはり『少年王者』を読んでとてもよかった。「冒険王」という雑誌に連載されていた、やはりアフリカを舞台にした不思議な冒険物語と共に、絵で描かれた密林は、少年たちにとっての夢の共和国だった。

底本:『アップル・サイダーと彼女』角川文庫 1979年

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1979年 『アップル・サイダーと彼女』 少年時代 雑誌
2017年5月5日 00:00
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