菖蒲湯そして乾杯
端午の節句には京都にいた。なんの用件も目的もないまま、ただでかけてみたくなってやってきた京都だった。イノダでコーヒーを飲めばそれで充分だというような、一泊するだけの小旅行だ。
イノダでは、たしかにコーヒーを飲んだ。三条境町の、大きな円型のカウンターのある店だ。店の奥の、ささやかな庭に降り注ぐ春の陽ざしが、窓ガラスごしにカウンターからでも見えた。なんにもせずに、無為に時間をすごすための京都だったのだが、完璧になにもしないということは、やはりありえないようだ。
古風なおもむきを充分に残した旅館に、ぼくは泊…
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『「彼女」はグッド・デザイン』太田出版 1996年
『ターザンが教えてくれた』角川文庫 1982年所収
前の作品へ
次の作品へ