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日常的な時間の停止した時空間。そのなかで自分を切り開き、なかにあるものを正直に直視する

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 バーバラ・ラスキンの『ホット・フラッシェズ』という長編小説は、『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラー・リストに、四か月連続して登場していたという。熱いフラッシュとは、閉経期の中年女性の多くが体験するという、耐えがたくしかも抑制の利かない、強い発熱のようなほてり、あるいはのぼせのことだ。

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Hot Flashes,Barbara Ruskin
kindle(英語)|amazon日本|Open Road Media

 一九九一年である現在、五十代なかばを越えつつある世代の、中産階級より明らかに少しだけ上のクラスの、白人女性たちの物語だ。この世代、あるいは年代の人たちは、アメリカ国内の文脈では、多くの場合、ディプレッション・ベイビーたちと呼ばれている。不況の時代に生まれた子供たちだ。

 そしてその子供たちは、第二次大戦の戦勝国となったアメリカの、もっとも豊かで輝かしい時代を、ティーン・エージャーで過ごすことになった。十代のなかばで一九五〇年代を終わった彼らは、六〇年代の前半を二十代の後半として体験していった。戦後から八〇年代にかけてのアメリカを、それぞれの時代の先頭ランナーとして体験した世代だ。

 八〇年代なかばすぎ、レイバー・デイのウイーク・エンドに、スーキーという女性が脳出血で突然に死亡する。ふたりの子供がいるけれど、いまは離婚してひとりで仕事をし、生活していた女性だ。仕事はジャーナリズムに関係していた。

 スーキーとは昔から親友だった同じ世代の同性の友人たちが、スーキーのひとり暮らしのアパートメントに集まってくる。どの女性もそれぞれに社会的な活躍の場を持ってはいるのだが、アメリカ社会ぜんたいとの関係の持ちかたにおいて、気持ちの離反や現実的な挫折を、誰もがすでに何度となく体験している。そのことの象徴のひとつとして、彼女たちは誰もが離婚の体験者か、あるいは独身でとおして来た人たちだ。

 突然に主を失ったアパートメントのキチンで、友人たちは話をする。中心的なメンバーは、ダイアナ、エレイン、そしてジョアンヌの三人だ。話をするとは、これまで自分たちが送って来た人生を、ふりかえりつつ点検していくことだ。

 スーキーは原稿を書きかけていた。自分の半生を直接の材料にした、メモワールともフィクションとも、あるいは後悔録ともつかない、一人称による物語だ。友人たちはそれを読んでいく。突然いなくなった親友の心のなかをのぞきこむ機会であると同時に、その心のなかを鏡にして、そこに自分を映して観察する機会でもある。

 物語の主たる舞台は、だからスーキーのキチンだ。残された親友たちが、来しかたをふりかえると、要所ごとにフラッシュ・バックしてその過去が描き出されていく。スーキーのキチンは、現実の日常を流れる時間からすこしだけはずれた場所に生まれた、時間の停止した時空間だ。そしてそのなかで、主要登場人物の誰もが、自分自身を一時的にすべてから切り離す。その自分を正しく切り開き、なかにあるものを正直に直視する。ある特定の階層のなかの、特定の世代の、限定された範囲内での物語だが、時間の流れの外にしばし身を置き、自分を正直に点検しなおす作業というものは、世代や階層を超えて広く読者の共感を得るはずだ。

 最後はスーキーの葬儀の場面だった。教会で営む葬儀では、女性の友人たちだけが自由なかたちでそれぞれにスーキーへのユーロジーを述べる。そして女性の友人たちだけで、棺をかついで教会を出る。棺は思いのほか重い。ハイヒールをはいた足もとがぐらつく。なんとかかついで、教会のドアにむけて歩いていく。外の晴天の日のまぶしさは、棺の上へさらなる重さとして加算されていくようだ、という終わりかただった。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『本を読む人』太田出版 1995年

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2017年2月20日 05:30
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