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理想主義の炎を燃やしつづけるために

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 アレグザンドラ・ペニーが書いた『男の人への、してあげかた』という本は、一九八一年に刊行されてすぐにベストセラーの仲間入りをした。まだベストセラーのリストにのっているころ、ぼくはこの本を買った。ダスト・ジャケットのデザインや色づかいがとても美しく、しかも、そのダスト・ジャケットがさらに美しいので、その美しさを手に入れたくて買った。ニューヨークのパーク・アヴェニューにある、クラークスン・N・ポッターという出版社が出したものだ。ダスト・ジャケットをデザインした人は、アニスターティア・ヴァシロプロスという名前の人だ。ニューヨーク的で面白い。『男の人への、してあげたかた』を読むつもりは、ほとんどなかった。装丁が気に入ったために買った本のならんでいる本棚に入れたまま、たまに手にとって表紙の色づかいを見て感心したりするだけだった。

 やがて、ペーパーバックが出た。ペーパーバックの装丁は、最近のアメリカのペーパーバックによくある、手抜きというか省エネというか、とにかくハードカヴァーにくらべるとかなり下品なものだった。対比の意味で面白いと思い、ぼくはこのペーパーバックのほうも買った。

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How to Make Love to a Man,Alexandra Penney
1981,1982[秘密の男・の・歓・ば・せ・方|富士見書房|1982|amazon日本(古書)]

 さっきも書いたように、読むつもりはまったくなかったのだが、いつのまにか読んでしまった。

 いまのアメリカの、生きたアメリカ語の見本のひとつだと言っていい英語の文章は、ものごとの因果関係をきちんと明確に説明しているから、読んでいてちょっとした快感がある。

 ものごとの因果関係とは、つまり、働きかけのダイナミクスだ。ひとつの情況に対して人がなんらかの働きかけをおこない、その結果としてまたべつのひとつの情況が出来ていくということのぜんたいを概念化し、理論的に説明していく文章は、ほんとうに英語的で楽しい。

 これがこうなり、これに対してこう働きかけると、その結果としてこれはこうなる、というような働きかけのダイナミクスとして概念化して人間関係をとらえると、たとえばこのアレグザンドラ・ペニーの『男の人への、してあげかた』というような本の文脈では、しきりに濡れている女性もさかんに勃起している男性もともに概念となり、助平な部分がブリーチをかけたように漂白されてしまう。こういうところが好きというか面白いというかあるいは生理に合うというか、とにかくたいへん読みやすいわけだから、いつのまにか読んでしまった。

 著者のアレグザンドラ・ペニーは、スミス・カレッジを卒業し、いまは『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』を舞台に、ライター兼エディター兼レポーターをやっているそうだ。『ヴォーグ』『ファミリー・サークル』『セルフ』『ハウス・アンド・ガーデン』『グラマー』といった雑誌に、数多くの文章を発表している。

 たいへんに明快な文章で彼女が書いた『男の人への、してあげかた』は、必要にして充分なリサーチと、二百名以上にのぼる男性へのインタヴュー取材によって成り立っている。内容はどのようなことかというと、ようするに、かなり強い恋愛的な感情のようなものにつつまれたかたちでの、ひとりの男とひとりの女性との、性的なつながりを重要な一部とした関係のなかで、男は女性からほんとうは性的にどのようなことをしてもらいたいと望んでいるのかを説きあかし、その望みにこたえるための具体的な手つづきの概説であるのだ。

 セックスに関するあれこれについての、どちらかと言えば低次元の手引書だと思ってしまいたければそうも思えるが、そうではないのだと思えばたしかにそうではないところが、概念化された男女関係の面白さだ。

 アレグザンドラが説くところの、男が女性にしてもらいたいとじつは望んでいながらなかなか口にできないこととは、ひとことで言ってしまうと、男性の繊細な神経をおびやかさない範囲内で、性的なことがらに関して女性はもっと積極的になりましょう、ということだ。

 新しくもなんともない平凡な主張だし、このような主張にたとえばオーラル・セックスの効果的なしてあげかたとか、骨盤内部の筋肉のトレーニングのしかたといった、ほんとうに素敵な女性ならとっくに実践しているような各論がそえてあったりすると、いったいこのような本を誰がどのような目的で読むのだろうかという素朴な疑問がまずうかんでくる。

 ユーモラスな本として、記述のひとつひとつに笑いながら読むのかもしれない。男女がベッドのなかで読み、楽しく笑ってひとときをすごすということは、充分にありうる。ごくソフト・コアなポルノグラフィの一種として、英語で言うところのプルーリエント・イントレストつまり助平心にうったえる読み方もあるのかもしれない。

 一対一の男女関係を全人格的に豊かに充実させることに関して、アメリカの男女の多くはさまざまなハング・アップをかかえこみすぎていて、真の意味でのオーガスミックな関係をつくることがなかなかできないから、したがってこういう本によって目からウロコを落とすという読み方だってあるのかもしれない。

 性的な恋愛関係のなかで、相手の女性を口説くというロマンスの演出も、さらにはベッドに入ってからの性的な燃えあがりにかかわるいろんな手つづきも、これまでは主として男性の役割であり、女性のほうはそれを受けとめる役をあたえられ、その役を演じてきたけれども、役割をすこし変化させ、女性が積極的にやさしく主導権を握ると、よりよい男女関係が生まれてくるはずですよと説いているアレグザンドラの本を、ではぼくはどう読んだかというと、これはやはり働きかけのダイナミクスを理念として持った、理想主義の本なのだ。

 女性として、よりよい状態へ、より理想に近い状態へ、すこしずつでもいいから変わっていきなさい、とアレグザンドラは、読者に働きかけている。最終的には理想的な男女関係をつくり出すことを目標にして燃えている理想主義が、現実のごたごたのなかでその理想への道を模索している本だ。すくなくとも、ぼくはそう読む。ベッドルーム内部での、あれをこうすればもっと気持ちいいという、内向し縮小された性的情況についてのハウ・トゥ本ではなく、遠い理想にむけてのびていく力と、その力の働きかけ作用を信じ、それによって生きていこうとする人の本だ。

 アレグザンドラ・ペニーの『男の人への、してあげかた』へのアンサーとして、マイケル・モーゲンスターンという人が『女の人への、してあげかた』を書いた。一九八二年に刊行され、のちにペーパーバックになった。モーゲンスターンはワシントンDCにあるアメリカン・ユニヴァーシティ・ロースクールを出て、いまは開業弁護士そしてライターだそうだ。アレグザンドラの本とおなじく、リサーチとインタヴューから成り立っている。

 マイケルが説く「してあげかた」は、一発やれば目的達成・行為完了、という古いタイプの男にかわって、相手の女性のこまやかな心のひだのひとつひとつをやさしく理解し、彼女とほんとうに親密な一体感をつくり、どこからがぼくでどこからがきみだかわからないほどに気持ちいい、ふたりでひとつの世界をつくり出せる男性の出現、つまりより理想的な男性への道を、説いている。

 マイケルの本もアレグザンドラの本も、ちょっと見には普通の実用書だが、よく読めば、理想の男女関係の実現にむけて理想主義の炎を燃やしつづける理念の本なのだ。

『紙のプールで泳ぐ』新潮社 1985年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年

今日の一冊|「花までの距離」|片岡義男 Boot up 1

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登場人物は彼女と彼のふたりだけ。ふたりは恋愛関係にあり、会うたびにそれを言葉できちんと確認します。彼女は彼女自身を見せる人であり、彼はその彼女を見る人です。
(編集部ブログ「今日は口数がおおい|「片岡義男 Boot up 2」には性的快楽が満ちている|八巻美恵」より)

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1985年 1995年 『紙のプールで泳ぐ』 アメリカ エッセイ・コレクション セックス 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』 男女 関係
2017年2月16日 05:30
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