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髪や肌の色がちがえば、性的エネルギーのありかたも大きく異なってくる、という物語

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『シンデレラ・リバティ』そして『さらば、冬のカモメ』という映画を記憶しているだろうか。どちらも、僕は楽しんで観た記憶がある。この二本の映画の原作小説を書いた、ダリル・ポニクサンの小説『アンマリッド・マン』を、僕は読んだ。タイトルを日本語で理解するなら、結婚しているという状態をくつがえした男、とでもなるだろうか。結婚をアンした男、だ。

 主人公の男性は、白人の中くらいよりすこしだけ上の階層に属する人として、ごく平均的な価値観を持った善良な男だ。彼には妻がいる。自立していない、したがって気持ちの不安定な、金髪の女性だ。ふたりのあいだには娘がひとりいる。この娘はまだ幼い。主人公の彼は木彫家だ。最近、急に有名になり、それにつれて作品は高く売れるようになったばかりだ。

 そして彼らふたりは離婚する。娘を引き取り、ほかの場所へ移っていったかつての妻は、弁護士を介して、慰謝料の請求、養育費の請求、財産の分配などを、強硬にそして一方的に、彼に対して要求してくる。

 弁護士どうしのかけひきや、かつての夫が経済的に丸裸の状態にされていく様子などが、誇張して戯画的に描かれていく。しかし、この明らかに戯画的な小説の主題は、そのようなところにはない。主題はもっと性的なことがらだ。

 離婚して独身に戻った彼は、ひとりの魅力的な女性と知り合う。そして絵に描いたようなプロセスをへて、彼女と親密な恋愛関係に入っていく。その女性はアメリカン・インディアンの血をかなり濃厚に引いている、深い情熱的な魅力をたたえた、赤みをおびた褐色の肌の人だ。髪は艶を放射してやまない底なしの黒、そして瞳は、インディアン・カントリーの大地という大存在を結晶化したようなブラウンだ。姿や顔立ちは素晴らしく、気立ては良く、打てば響くようにユーモアを解する彼女は、女優をめざして自立している。情緒は充分にあるけれど、よりかかったりまとわりついたりはしない。そして健康的に前向きに、彼女は好色だ。

 このインディアン女性を、彼のかつての白人妻と対比してみると、この小説の主題がはっきりと浮かび出てくる。離婚した妻は、美人ではあるけれど肌は常に生白く、髪は定石どおりの金髪だ。自立心はなく、なにごとにつけても夫にまとわりつき、よりかかり、いざとなると金銭的に貪欲でもある。自己中心的であり、計画性がなく、相手を搾取することによって自分が生きていく、というタイプだ。作者のポニクサンは彼女をそんなふうに描いている。

 生白い肌ときまりきった金髪だったかつての妻にくらべて、こんどの新しい女性は、褐色の肌に黒い髪の、神秘的な情熱の影を常に全身に宿した、彼にとってはすべてにおいて未知の、インディアン女性だ。自分の律しかたや生きかたにおける、かつての妻との大きな相違も魅力的だが、彼にとってなんと言っても最大の魅力は、彼の性的なエネルギーの発生源やそのあらわれかたが、彼女に対する場合とかつての妻に対する場合とでは、まるっきり異なるという事実だ。

 人種が異なると、ほとんどの場合、外見が大きく異なってくる。ひとりの白人男性にとって、金髪で白い肌の女性に対する性的なエネルギーのありかたと、赤褐色の肌をした黒い髪のインディアン女性に対する性的なエネルギーのありかたは、まるで異なっている。

 そのことをきっかけにした、まったく新しい世界への進入を、主人公である男性の側から、ポニクサンはきわめて率直に書いている。ぜんたいをほどよく覆っている戯画的な雰囲気は、書きにくいこのような主題をあっさりと書いてしまうための、用心深い作戦だ。

 相手となる女性の人種が変わると、自分の性的なエネルギーの出かたや質がまるで変わってしまうという、重要でしかも日常的なテーマは、たとえば生まれたときからずっと日本にいる男性には、理解しがたいことではないだろうか。

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An Unmarried Man,Darryl Ponicsan
1980[amazon|Delacorte Press]

(エッセイ・コレクション『本を読む人』1995年)

今日の一冊|「花までの距離」|片岡義男 Boot up 1

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登場人物は彼女と彼のふたりだけ。ふたりは恋愛関係にあり、会うたびにそれを言葉できちんと確認します。彼女は彼女自身を見せる人であり、彼はその彼女を見る人です。
(編集部ブログ「今日は口数がおおい|「片岡義男 Boot up 2」には性的快楽が満ちている|八巻美恵」より)

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1995年 『本を読む人』 『水平線のファイル・ボックス 読書編』 アメリカ エッセイ・コレクション セックス 恋愛 書評 片岡義男エッセイ・コレクション『本を読む人』 男女 読む
2017年2月15日 05:30
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