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『草枕』のような旅を

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 夏目漱石の『草枕』という小説を、いまになってやっと、僕は読んだ。たしかにやっとだが、読み終えてふた月ほどたついま、少なくとも僕にとっては、この小説を読むための最適な時は現在をおいて他になかった、と思っている。夏目漱石の小説が中学や高校で必読書のように推薦されていたり、教科書にごく短く抜粋されていたりするのが、僕には不思議でならない。中学生や高校生が読んでも、言葉を順にたどっていくだけで精いっぱいであり、それ以外の受けとめかたはできないだろう。いくつかの視点から、かなりの余裕を持って『草枕』を楽しむことが、いまようやく、僕にでもできるようになった。

『草枕』は、『吾輩は猫である』を書いた次の年、明治三十九年一九〇六年の作品で、これを書いたときの漱石は四十歳だった。そしてここから十年間、漱石は小説家として活躍した。僕が読んだのは新潮文庫の第百三十九刷で、本文は百七十八ページだからけっして長い小説ではない。中編と呼んでいいだろう。費やした文字数と、それによって描かれた内容との均衡は、明らかに文字数のほうに傾いていると僕は判断する。絢爛と駆使される多彩な漢語、としか僕には言いようのない言葉によって、半端ではない博識や教養が語られるその向こうに、『草枕』の物語がある。

 画家であるひとりの男性が、画材を求めて山のなかへひとり旅を試みる。険しい山のなかではない。多彩な言葉によってじつにきれいに整えられた、箱庭的な山のなかだ。しかし広がりや奥行きは充分にあり、俗世間とは一線を画された別世界という設定が、完璧に成立している様子は見事と言う他ない。漱石がかつて訪ねたことのある、熊本県玉名の温泉場とその周辺が、この別世界のイメージの底にあるという。

 この画家は青年だということになっているようだが、僕の受けとめかたでは、若くて三十代の後半であり、四十歳あるいはそれを越えた年齢であってもいい。執筆時に四十歳だった漱石は、その自分をほぼそのまま、作中に分身として置いたのではないか。この画家がひとりの魅力的な女性と知り合う。そして知り合って間もなく、心のなかで求めていた画材を、ある状況下で彼女の顔に宿ったほんの一瞬の表情のなかに、偶然の幸運として、画家は見る。しかしそれを彼が絵に描くことは不可能だし、そんなことはしなくてもいい、見ただけで充分だ、という旅の話が「草枕」だ。

 彼女の目そして顔に宿ったほんの一瞬の表情とは、彼女というひとりの女性の、偽らざる心の底、つまり彼女自身そのものだ。この一瞬の表情によって、そこまで描かれてきた彼女の魅力は完成する。だから『草枕』は、画家である男性の小旅行の話であると同時に、それを超えて、ひとりの女性がその心の底に発生させる、ほんの一瞬の純粋な動きについての物語でもある。

 百年以上も昔に書かれた『草枕』は、近代という枠のなかにとどまって少しずつ骨董品となっていく運命をたどることなく、いまこの現代まで生きのび、読みつがれている。漱石が小説のなかに描いた女性たちは、近代を楽々と抜け出すだけではなく、現代の突端でも精彩を放ってやまない、独特な魅力を持っているのではないか。この仮説を立証するために、『草枕』の他は『坊っちゃん』しか読んでいない僕は、これから『明暗』を読もうとしている。

 夏目漱石の作品がいまも多くの人に読まれている理由のなかで最大のものは、描かれる人たちの会話にある、と僕は思う。自分という人が輪郭明瞭に他者と区別されて屹立するなら、他者の輪郭もおなじように明瞭だ、という認識のなかですべての人たちが描かれている、と僕は感じる。まだ『草枕』を読んだだけなのだが、画家の男性と彼が知り合う女性との会話は、いま僕が説明しようとしていることの、典型的な例ではないのか。彼女と知り合う前、旅の途中でひととき接し合う人たちと画家との会話の見事な出来ばえは、彼と彼女との会話の伏線であると僕はとらえている。

 輪郭も明瞭にすべての他者から区別されて屹立している人は、どの人もみな等しく孤独であるのが理の当然ではないか。孤独であればあるほど、その人は自分のエゴの自覚を強め、そして深めることにもなる。自分の孤独とエゴ、他者の孤独とエゴ。さてこの相剋をどうすればいいか、というところに漱石の小説は存在している。『草枕』の主人公である画家が、山のなかの温泉場で知り合った魅力的な女性の目に見た一瞬の心の動きは、エゴを離れた孤独がおなじく孤独な他者に向けられた瞬間の純粋な憐憫という、きわめて希有なものだった。

底本:『ピーナツ・バターで始める朝』東京書籍 2009年

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2017年1月1日 00:00
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