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ノートブックに描いた風景画|9〜13

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 精悍な印象を全身にたたえた馬だ。だが、表情はきわめておだやかだ。悟りきった果てに到達したひとつの境地のような顔で、コンクリートの歩道を静かに歩いた。

 馬にまたがっているのは、ナヴァホの若い女性だった。身につけているものはすべて、昔からのナヴァホの服装だ。黒い髪に褐色の肌、そしてひきしまった美しい顔立ちだ。

 鞍のホーンには一本の細いロープが結びつけてあり、そのロープは斜めうしろにむけてまっすぐのびていた。ロープの先端はスロートボードに結びつけてあり、十二歳くらいのナヴァホの少年が、そのスケートボードに乗っていた。

 馬の歩く速度とおなじ早さで歩道のうえを動いていくスケートボードに、少年は、両手を離してまっすぐに立とうとこころみていた。両ひざを折って深くしゃがんでいるあいだはいいのだが、ひざをのばしてまっすぐに立つと、バランスをくずしてスケートボードから落ちる。落ちては乗り、乗っては落ちを、少年は何度もくりかえした。

 自動車がたくさんとまっているスーパーマーケットの広大な駐車場へ、ナヴァホの女性がまたがった馬は、歩道から入っていった。

 
 10

 粉末のゼラチンは、袋に入っている。

 そして、その袋は、さらにボール紙の箱におさめてある。粉末の重量は、一箱分で三オンスだ。オレンジの香りがつけてある。もちろん、人工的につくったオレンジの香りだ。

 この、アーテイフィシャル・オレンジ・フレイヴァーのゼラチンの粉末を、1・1/4カップの熱湯のなかにあけ、完全に溶解させる。

 オレンジ色の液状ゼラチンを、1/2カップだけ、すくいとる。それにさらに1/2カップの水を加え、冷蔵庫に四十分ほど入れておく。このくらいの時間だと、ゼラチンはかたまらない。すこしドロッと重く粘ってくるだけだ。

 残った熱いゼラチンがさめてきたら、1/2パイントのヴァニラ・アイスクリームに、ティー・スプーンで1/8のシナモンの粉末を、練りこむ。そして、このアイスクリームを、ゼラチンに入れてよくかきまぜ、冷蔵庫に入れてすこしだけかたくする。

 レッド・シナモン・キャンディを1/4カップ、ソースパンに入れ、1/2カップの水を加え、煮立てる。キャンデイが溶けたら、皮をむいてウエッジに薄く切ったリンゴを入れ、リンゴがやわらかくなるまで、煮る。煮あがると、リンゴは赤く染まっている。赤いシナモン・キャンディの液体はすててしまい、リンゴをさます。

 シナモンの粉を練りこんだヴァニラ・アイスクリームとゼラチンをまぜあわせたものを冷蔵庫から出し、ガラスの容器に底から1/3くらいまで、平らに敷きつめるように、入れる。

 そして、そのうえに、レッド・シナモン・キャンディで煮たリンゴのウエッジを、容器の丸い縁に沿って、ならべていく。

 ならべ終ったら、冷蔵庫のなかですこしだけ粘っているオレンジ・フレイヴァーのゼラチンを、リンゴのうえに注いでいく。リンゴがそのゼラチンでほぼかくれるくらいがいい。容器を冷蔵庫に入れ、一時間三十分ほど冷やし、ぜんたいをかためる。

 かたまったら、スパイスド・シナモン・アップル・デザートのできあがりだ。ジェロ・ゼラチンのレシピ・ブックには、このような魅力的なデザートのレシピが、一〇〇点以上、紹介してある。『ジェロのあらたなるよろこび』というタイトルのレシピ・ブックだ。

 
 11

 玄関のポーチの天井から、日曜大工で手づくりしたべンチが、鎖で吊るしてあった。

 べンチは大人が三人すわってもまだゆとりのある大きさで、両わきにはひじかけ、そしてうしろにはべンチの横幅いっぱいに、背もたれがしっかりとつくってあった。

 この家の老夫婦が、いま、ブランコ式のべンチにすわっていた。奥さんはギンガムのワンピースのうえに赤いカーディガンをはおり、ご主人は蝶ネクタイをしめたシャツのうえに、灰色のウールのカーディガンだ。

 ふたりのまえにある丸いテーブルには、ケロッグのライス・クリスピーズの箱と、イチゴを盛ったガラスの容器、そしてミルクのピッチャーが、置いてあった。

 ガラスのボウルにそれぞれライス・クリスピーズを入れ、イチゴを乗せてミルクをかけ、ふたりは仲良く夜食をとっているところだ。

  
 12

 横断歩道の赤信号を無視して、彼はチーズバーガーを食べながら、道路のむこうへ渡っていった。 

 中年のビジネス・マンを絵に描いたら、おそらく彼のようになるだろう。茶色のスーツを着てネクタイをしめ、アタッシェ・ケースを持ち、腰と腹を中心に、誰の目にも肥りすぎだった。

 アタッシェ・ケースの取手に左手をとおし、底を腹に押し当てて平らに持ち、テーブルのかわりにしていた。フレンチ・フライド・ポテトの箱と、コーヒー、オレンジ・ジュース、そしてチーズバーガーがもうひとつ、そのうえに乗っていた。コーヒーとオレンジ・ジュースが倒れないように調子をとりながら、彼は大股に歩いた。

 食べていたチーズバーガーをナプキンのうえに置き、コーヒーを飲み、それからオレンジ・ジュースを飲んだ。

 花を売ってまわる自動車が、歩道のわきにとまっていた。自動車の側面のパネルを開いて移動花屋さんの店さきにしてあるまえに、若い女性の売り子が、立っていた。

 たくさんある花のなかから赤い花を一本だけ抜いた彼女は、歩きながらチーズバーガーを食べている中年ビジネス・マンに歩みより、「食卓には花があるといいのよ」と言い、彼の上衣のラベルのボタン・ホールに、その花を差した。

 
 13

 その湖を上空から見おろすと、巨大なエンドウ豆のようなかたちをしている。

 湖の周囲は、深い森だ。湖のまんなかに、小さな島がある。赤い屋根の一軒の家とその前庭、そして家とおなじくらいの高さの三本の樹で、島はちょうどいっぱいだった。

 西から森の頂上をかすめるようにして、プロペラ単発の水上機が、湖にむけて飛んできた。湖のうえに出ると斜めに高度をさげていき、やがて、湖に着水した。

 水上機のフロートが、きれいなブルーの湖から、まっ白な飛沫を蹴りあげた。

 小さな島にむけてその水上機は進んでいき、前庭から湖水のうえにみじかく突き出ている桟橋の突端に、接近した。

 核橋のすぐちかくまで来て、水上機はとまった。ドアが開き、ショート・パンツに半袖シャツの若い女性がひとり、フロートのうえに降りた。フロートから桟橋にあがってロープをつかみ、再びフロートに降りてロープをフロートにもやいだ。そして桟橋へあがりなおして前庭へ歩き、彼女は家のなかへ入っていった。

(完)

(『ノートブックに誘惑された』1992年所収)

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1992年 『ノートブックに誘惑された』 アメリカ ノートブック 創作 書く 物語
2016年12月4日 05:30
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