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ノートブックに描いた風景画|1〜4

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 三枚かさねた大きなパンケーキをバターとメイプル・シロップの洪水に沈め、彼はナイフとフォークを手術器具のように操り、秩序正しい正統的な食べ方でそれを食べた。

 彼の屈強な下半身は、はき古したブルー・ジーンズがつつんでいた。下半身よりもさらに屈強な上半身には、フランネルの半袖シャツを着ていた。思いつく色をかたっぱしから使ってプレイドにしたような柄のシャツは、しかし、しわや陽焼けは深いが素朴な表情の彼に、よく似合っていた。

 ふたつむこうのストゥールにすわっている彼は、「なにか新しいことは出てるかい」と、新聞を読んでいたぼくに、屈託のない声できいてよこした。パンケーキを食べる彼のために、ぼくは、新聞記事を目につく順に読んだり要約したりしてあげた。

 彼は長距離トラックのドライヴァーだった。いっしょに店を出て彼のトラックを見せてもらった。新築された教会のための尖塔だという、頂上に十字架のついたスパイアが、全長三〇メートルはあるトレーラーに横倒しに積んであり、強い陽ざしを浴びてまっ白に輝いていた。

 

 

 北緯三十七度、西経八十五度の、夏の午後だった。ごくなだらかにいくつもの丘がつづいている一帯の、頂上の平たいひとつの丘のうえに、家が一軒、建っていた。

 一本の巨大な樹に接するようにして、その家の裏手にあたる部分が、一階建ての小屋のようにあった。そして、それに対して直角に、家のおもての部分が、二階建てになっていた。

 ウエザーボーディングの板壁はぺイントで白く塗ってあるのだが、相当にはげ落ち、土とおなじ褐色に染まっていた。

 二階建ての部分の正面には低いポーチが張り出し、一階と二階のちょうどさかいめあたりから斜めにのびている軒を、ポーチの両端の柱が、支えていた。ポーチのすぐまえには、樹が二本、立っていた。

 窓は、こちら側から見ると、四つあった。四つとも、縦長の窓だ。一階建ての部分に横にならんで、ふたつ、そして二階建ての部分には、切妻屋根の側面がつくる五角形の中央に、ふたつの窓が縦にならんでいた。

 
 

 納屋のとなりに大きな樹があり、その樹の下に、木製の頑丈なテーブルがつくってあった。横長の大きなテーブルだ。両側に、テーブルの長さいっぱいに、ベンチがあった。

 この、樹の下のテーブルで、ぼくたちは、午後のコーヒーを飲もうとしていた。

 熱くて芳しいコーヒーは、すでに用意できていた。全員が、テーブルに集まっていた。あとは、この家のお母さんが焼くアップル・パイができあがってくるのを、待つだけだった。

 ほどなく、お母さんが、母屋から出てきた。エプロンをかけた白髪のお母さんは、白い大きなナプキンで、パイの焼きあがったアルミ・フォイルの皿をくるむように、両手で持っていた。

 八十一歳になるお母さんは、樹の下のテーブルにむかって、歩いてきた。テーブルからすこし離れたところに立っていたぼくのところまで来て、彼女はアップル・パイをぼくにさし出してみせた。

「私の主人の祖父母が、一八七八年に植えたリンゴの樹に実った今年のリンゴでっくったアップル・パイですよ」

 と、彼女は、宗教的な表情で、言った。

 
  

 平らな丘の、草地のうえに建つその家は、三本の樹や夏の午後の空や空気といっしょに、退屈ではあるがこのうえなく平和な田舎の光景の、象徴のようだった。

 この家を中心に写真を撮ろうとする人の気持でぜんたいをながめていると、横長のフレームのなかに家を中央にとらえるのが正統であるように思えた。

 巨大な三本の樹の、葉のいっぱいに茂った枝が、フレームの上部をおおいつくす。フレームの下三分の一くらいは、平らな草地だ。そのまんなかに、粗末な板張りの家に見えるがじつは古いログ・キャビンの家が、みごとにおさまる。

 しかし、構図はたいへんに安定していても、なにかが明らかに不足だった。不足が満たされるのを、ぼくは待った。やがて、フォードの古いピックアップ・トラックが一台、ゆっくり走ってきた。家の裏手の大きな樹のそばに、とまった。

 この家のご主人がトラックから降り、家のなかへ入っていった。そして、しばらくすると、彼は椅子を持ってポーチに出てきた。その椅子に彼はすわり、すこしおくれて出てきて台に腰をおろした奥さんと向きあってふたりともシルエットになり、その平和な光景はぼくの心にある構図のなかで不足を満たされ、完璧となった。

➡明日につづく。︎12月3日・4日(計3回連載)。

底本:『ノートブックに誘惑された』角川文庫 1992年

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11月11日刊行『万年筆インク紙』

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1992年 『ノートブックに誘惑された』 アメリカ ノートブック 創作 物語
2016年12月2日 05:30
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