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文房具を買いに2013

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 小さな文房具をひとつふたつ、いつも持ち歩く男、という人をかねてより僕は想像している。想像するだけではなく、僕がそのような人になってもいい。持ち歩く文房具にどのようなものがあるか。ほんの一例として、七つ選んで写真に撮ってみた。

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 説明をしておこう。右から順に。オランダ製の消しゴム。消しゴムを持ち歩く男は、渋い。チェコ製のものには、指先ほどの大きさの、丸みを帯びた楕円形のものがあった。その上の黄色い取っ手のある金属製の小さな道具は、耳かきだ。これも渋い。

 そして赤いピンセット。持ち歩いてどのように駆使するか、それが問題だ。沢庵をつまんでちょっと醤油をつけるとか。それから2013年の日めくりカレンダー。掌に入る、という大きさそのものだ。毎日ちぎらずにそのまま残しておく。僕ならスケジュールの記入はこれで間に合う。喫茶店の片隅で小さな日めくりをめくってはスケジュールを確認している男。僕はそんな人になりたい。

 十七センチの定規が色違いで四本、ドイツ製だ。これはジャケットの胸ポケットにいい。阿呆にしか見えないポケットチーフとやらより、定規のほうがはるかに好ましい。太い鉛筆も削ることの出来る、金属製の二連の鉛筆削り。消しゴムを右のポケットに、そして鉛筆削りを左のポケットに。それからデジタルカメラ。マイクロSDカードを使う。撮ったらすべてをおなじサイズの紙にプリントし、日時順にノートに貼り、ひと言コメントを書いておけば、日記になる。ストラップは僕が自分でつけた。

 持ち歩くならどれもみな、ツイードのジャケットに似合う、という発見をいま僕は楽しんでいる。文房具とは、ツイードのジャケットの季節のものなのか。

数多く購入したのは筆記具だったという発見。

 写真の被写体を求めて輸入文房具の店を何軒かまわってみた。もっとも数多く購入したのは筆記具だったという発見も身にしみる。紙に文字や図形を描くこと、それは人間の始まりからついてまわる、業のようなものだ。深い業だよ、これは。だからこそ、わずかに二、三軒の店を訪ねただけで、筆記具をこんなにも買ってしまった。写真をご覧いただきたい。

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 二十二本のうち、まんなかの鉛筆の右隣にあるのは、輸入品もどきの日本製の修正ペンだ。書いた文字や図形は修正を受けたり消されたりする。それも人間の業のうちだ。修正ペンを世界じゅうから買い集める趣味、という思いつきをたったいま僕は手にしたが、かなりのところまで惹かれるものがある。始めてみようか。

 何本もの筆記具の下に敷いてあるのは、赤い色のふたつ折りのフォルダーだ。絞りがアンダーすぎるので深い色になっているが、現物はいま少しだけ明るい赤だ、そしてそのような色が日本製には皆無だ。ふたつの小さな紙切れも、訪ねた店で売っていた。東ヨーロッパのどこかの国のものだが、どのように使うものなのか、まだ僕は知らないままだ。切手ではないだろう。修正ペンの左側にある二本の鉛筆は、建築家のフランク・ロイド・ライトも使っていたパロミノ《ブラックウィング》というアメリカ製の鉛筆だ。端につけてある消しゴムは、よくある円筒形ではなく、薄い長方形であるのが、雰囲気を作っている。これもツイードのジャケットの胸ポケットに差しておくといい。

 その鉛筆から左へ数えて五本目の白い筒は鉛筆ホルダーだ。使わないときには削ったほうを白いプラスティックの胴体に差し込んでおく。使うときには引き抜く。クリップと消しゴムがついている。ただそれだけのものだが、雰囲気は濃厚にある。サッカーのコーチがフィールドで使うものだという説を聞く。ただ意味もなく持ち歩くのに、これは最適の文房具かもしれない。

書き込みたいという気持ちを僕に起こさせるノートブック。

 ノートブック類もずいぶんたくさん買った。好みのノートブックには強く惹かれる、そして好みではないものには、まったく惹かれない。ではノートブックにおける僕の好みとはいったいなになのかと考えてみる。

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 チェコ。ロシア。ハンガリー。オランダ。ブラジル。タイランド。そして日本。どこかの国のものに特に惹かれる、ということはないようだ。この一冊のノートブックの全ページに、ほどよい期間のなかで、なにごとかをびっしりと書き込んでみたい、という気持ちを僕に起こさせるようなノートブック類に、僕は惹かれる。気持ちを起こさせる、というところがポイントだろうか。基本的にはなにごとかを書き込んで使いたいのだが、かならずしも使うわけではない。重要な問題は気持ちなのだ。

 さきほども書いたとおり、筆記具が人間始まって以来の深い業のいっぽうなら、その筆記具を受ける紙類、つまりノートブックは、もういっぽうの業だろう。人間の業のいっぽうを、僕なりに引き継ぎたい気持ちが、僕をノートブック類に向かわせる、とひとまず言っておこう。

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 ジークエンスというブランド名のタイランド製のノートブックには四とおりのサイズがある。僕が好むのはいちばん小さい手帳サイズと、その上の小型ノートブックのふたとおりだ。実用品としてほどよいところで完成している質感は悪くない。色は赤と黒だ。赤を僕は選ぶ。

 このような手帳やノートブックにびっしりとなにごとかを書き込みたい、という願望の裏側には、人々はこれにいったいなにを書くのか、という謎がある。東京で市販されているからには、世界のいたるところでも売られているはずだ。売られているからには買う人がたくさんいる。方眼がごく淡く印刷されたこのページに、どんな人がどのようなことを書き込むのか。この謎にも駆り立てられて、おなじノートブックをさらに何冊か、僕は明日にも買うような予感がする。

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(『Casa BRUTUS』 2013年4月号、特集「文房具が好きです」掲載)

11月11日刊行!『万年筆インク紙』

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自分の思考が文字となって紙の上に形をなす。
頭の中にうかんだ小説のアイディアをメモするための万年筆、
自分の思考をもっとも良く引き出してくれるインクの色、
そして相性のいいノートブックとは──。

作家・片岡義男が道具から「書く」という仕事の根幹について考えた
刺激的な書き下ろしエッセイ。


晶文社|ISBN:978-4-7949-6939-2 C0095|定価:本体1800円+税|四六判変型|288頁

制作舞台裏|書くことの根幹へ|斉藤典貴(晶文社編集部)

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デジタルの光で観る|『なにを買ったの? 文房具』

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新刊刊行に合わせて、サポータ用の写真アーカイヴ「片岡フォト」から『なにを買ったの? 文房具』を一般公開中。写真を選んでクリックすると一枚単位で拡大できます。ステッドラーのブルーの水彩色鉛筆もじっくりご覧になれますよ。

タグで読む01▼|文房具

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片岡作品の代表的なキーワードを選んで作品をご紹介する企画、第1回は「文房具」です。エッセイや小説の末尾にキーワードがこんなふうに並んでいますが、

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これを“タグ”といいます。このタグをクリックすると、キーワードに関連した作品をまとめて読むことができます。まだ作品の少ない言葉も多いのですが、ある程度まとまってきたものを中心にご紹介してゆきます。

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11月9日 |オートポイントというアメリ力らしさ


11月4日 |消すことによって生まれる新たな可能性


11月2日 |[クレール・フォンテーヌのノートブック]


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2013年4月 ジークエンス ノートブック 定規 文房具 消しゴム 鉛筆 鉛筆ホルダー 鉛筆削り 雑誌『CASA BRUTUS』
2016年11月20日 05:30
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