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評論・エッセイ

『純情二重奏』一九三九年(昭和十四年)『兄とその妹』『東京の女性』『新女性問答』『暖流』

 一軒の邸宅が画面に映る。一九三九年当時としては、限度いっぱいに洒落た邸宅だろう、と僕は思う。社会的に栄達をとげ、それなりの位置に到達した、ひとかどの人物の住まう家だ。そういう人にはきっと豊富な身の上話があるにちがいない。大きな表札が映る。河田武彦、とその表札にはある。そうか、この映画はこの人をめぐって発生した身の上のドラマなのだ、と観客は冒頭で承知する。
 その邸宅をひとりの若い女性が訪ねて来る。凜としたところのある、涼しげな目もとの、なかなか好ましい美人だ。彼女の名は高山栄子という。彼女はまだ幼い弟を連れている。彼女た…

初出:『映画を書く──日本映画の謎を解く』ハローケイエンターテインメント 一九九六年
底本:『映画を書く──日本映画の原風景』文春文庫 二〇〇一年

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