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評論・エッセイ

『泣蟲小僧』一九三八年(昭和十三年)

 昭和十三年の東京都内のどこか、当時の電車では便がよくなかったあたりに、一軒の平屋建ての家がある。きわめて平凡に質素に作られた、小さな平凡な民家だ。庶民つまり貧しい人が細々と暮らしていくための、当時としては珍しくもなんともない家だ。現在でも都内を探しまわれば、ほぼおなじような家を、十軒や二十軒はまだ見つけることが出来るかもしれない。
 この小さな家に、貞子という三十代なかばの女性が、ふたりの子供とともに住んでいる。ふたりの子供たちは、十一歳の啓吉という男の子と、まだ小学校へいく前の年齢に見える、礼子という女の子だ。貞子の夫…

初出:『映画を書く──日本映画の謎を解く』ハローケイエンターテインメント 一九九六年
底本:『映画を書く──日本映画の原風景』文春文庫 二〇〇一年

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