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評論・エッセイ

『母の曲』一九三七年(昭和十二年)

 昭和十二年の『母の曲』という娯楽映画は、稲という名のひとりの女性の、妻として母としての身の上話だ。彼女がいわゆる縦糸だとすると、横糸には彼女の夫、娘、昔の男友だち、夫のかつての恋人などが配置され、娯楽としての身の上話はじつに巧妙に織り上げられている。公開されてから六十年以上もあとの観客である僕としては、その巧妙さを検証するほかに立場はない。原作は吉屋信子によるもので、『婦人俱楽部』に掲載されたという。
 稲さんはいまは波多野という姓だ。優秀な医学博士として洋々たる将来を約束されている、波多野純弥という男性の奥様だ。麹町区…

初出:『映画を書く──日本映画の謎を解く』ハローケイエンターテインメント 一九九六年
底本:『映画を書く──日本映画の原風景』文春文庫 二〇〇一年

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