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片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

振り向くと前方が見える

 二十五歳のある日、ふと思いついた僕は、ゼロ歳から四歳まで住んだ家を、見にいった。四歳の春に引っ越しをして、それ以来のことだから、二十一年ぶりだった。その家がまだそこにあるのかどうか、僕は知らなかった。あってもなくても、とにかく見にいこう、と僕は思ったのだ。
 目白駅からの道順を僕は記憶していた。幼い僕が体感として記憶した道順が、僕の体のなかにまだ残っていた。幼い頃に毎日のように見たもの、たとえば右へ曲がる前にずっと続いている生け垣とか、小さな三角形の交番があった曲がり角など、基本となるべき部分は昔とほとんどおなじでもあっ…

底本:『坊やはこうして作家になる』水魚書房 二〇〇〇年

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