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片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

あの頃、という過去を彼女によって記憶する

 四月の一日から六月の三十日まで、僕は会社に通勤した。初めの一週間はバスを利用した。淡島通りを渋谷までバスでいくのだ。そして渋谷から地下鉄銀座線に乗り、京橋で降りた。平日の午後という空いている時間なら、そのバスで渋谷まで十五分ほどだった。しかし朝の通勤時間には、一時間かかった。バス停には人の列が長く出来ていて、一台につき乗れる人は六、七人ということもあったから、なかなか乗れなかった。それにバスのなかはぎゅうぎゅう詰めに混んでいた。
 バスではらちがあかない、と僕でさえ思った。だから僕はバスを使うのをあきらめ、世田谷代田の駅…

底本:『坊やはこうして作家になる』水魚書房 二〇〇〇年

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