スチール・ギターの音が、なんとも言えない。頰をかすめて吹きぬけていく貿易風のようだ。甘い香りがする。残響のなかに、音がスラーになっていくその上昇や下降のなかに、青い空が見える。海が見えてくる。
現実にハワイで陽に照らされている野原や海は、スチール・ギターの演奏が聞き手の心のなかにかきおこすイマジネーションを遠く超えて力強く、どこから手をつけていいのかわからないほどに分厚く広く、そして猛々しくさえある。
だのに、それを知っていても、スチール・ギターが鳴りはじめると、イマジネーションの産物としてのハワイのなか…
『ミステリマガジン』一九七六年五月号